お菓子を作り、剣を振るい5

「いや……これは、な」


「おじい様〜!」


「…………済まなかった」


「私ではなくジケ君にです!」


「くっ……これはワシのミスだ。済まなかったな」


 孫娘、強し。

 さっきまではあれほど大きく感じられていたパージヴェルが急に小さくなったようにジケに感じられた。


「はははっ、御当主様もお嬢様には敵わない」


「しかしあの子もやるものですね」


「ああ、驚いたよ」


 騎士たちの間ではジケのことを見直す声が上がっていてユディットは鼻高々であった。

 結果的にパージヴェルには負けてしまったが、子供とは思えないぐらいの戦いを見せていた。


 大きなハンデはあったがそれでもジケのレベルの高さは大したものだった。


「ジケ君、行きましょう!」


「それじゃあ、皆さんありがとうございました!」


「また来なよ。なかなか楽しかったぞ」


 ジケがペコリとおじぎをすると騎士のみんなも笑顔で手を振りかえしてくれた。


「フィオス、いいですか?」


「今度もこの子連れてきてね」


「もちろんです」


 女性騎士たちからフィオスも取り戻してジケはリンデランたちについていく。


「お菓子、上手くできたか?」


「お楽しみに!」


 アユインがジケにウインクする。

 その様子を見るに失敗したのではなさそうだと思う。


「にしてもジケも強くなったよな……」


「そうか?」


「ま、今では私の方が強いと思うけど!」


「俺もまだ負けるつもりはないぞ?」


「何を〜!」


 ジケの戦いを思い起こしてウルシュナが悔しそうな顔をした。

 ウルシュナはかつてジケに負けている。


 完全に負けてしまって非常に悔しい思いをした。

 そこからウルシュナも鍛錬を続けている。


 だいぶ差は縮まった。

 それどころか勝っていてもおかしくないと思ったけれどパージヴェルとの戦いを見るにジケも遊んでいたのではないと痛感した。


 以前ほどの差はないだろうが、まだ勝てるか怪しいなと思わされた。

 それがまた悔しいのだ。


「その余裕の態度ムカツク!」


「はっはっはー! だって俺の方が勝ち越してるからな!」


「グヌヌ……!」


 余裕も何も散々勝ったという実績がある。

 あの時ウルシュナが諦めきれなくて何度と挑んできた。


 何回勝負したのか多少曖昧になる程かかってきたので何戦何勝なのかまで正確な数字は把握していないけれど結構勝っている。


「ジケ兄ちゃんカッコよかった!」


「ジケ兄強い!」


 結果的に負けはしたけれどムキムキの大男と対等に戦っていた。

 タミとケリはキラキラした目でジケのことを見上げている。


「んー、そうかそうか」


 ジケも笑顔を浮かべてタミとケリの頭を撫でる。

 素直に褒められればジケも素直に嬉しい。


「おっ……」


 部屋に入ると良い匂いがした。

 良質な焼き菓子の匂い。


「どう?」


「美味しそうじゃないか」


 今回作ったのはアユインでも作りやすい焼き菓子だった。

 焼きたての小麦の香りを胸いっぱいに吸い込むとそれだけで気分が良くなる。


 同じ材料で同じように作ってみても色々な形があって個性がある。

 大きいの、小さいの、綺麗な形をしているの、不思議な形をしているの。


 ジケは面白いものだと思った。


「えーと……?」


 誰がどれを作ってジケは何を食べればいいのか。

 みんなの方を見ると、みんなが期待したようにジケを見ていた。


 これまずいとジケは察した。

 軽く手を伸ばしてみるとパァッと顔が明るくなる人がいる。


 ふらりと別の方に手を向けると別の子の顔が明るくなる。

 ジケがどの焼き菓子を手に取るのか試されている。


 どれを選んでもなかなか難しい選択となる。


「ど、どれが誰の?」


「秘密」


「ふふーん、当ててみて〜」


 無邪気に笑うタミとケリに逃げ道を潰される。

 ジケは頭を働かせる。


 無難なのは一番上手く作れるであろうリンデランのもの。

 あるいは一番角が立たなそうなのはタミとケリのものであろうがタミのものか、ケリのものかという問題もある。


 それとも今回はアユインのためにという目的もあるのだからアユインのものを選ぶべきだろうかという考えもある。

 パージヴェルと戦っている時以上に頭を回転させる。


 しかし、この場における最善の手なんて思いつかない。


「しょうがない……」


 ジケが手に取ったのはアユインの焼き菓子。

 嬉しそうな表情を浮かべるアユインを横目にパクリと一口。


 今日はアユインに花を持たせようと決めた。


「うん! 美味しいよ!」


 良いものを使っている。

 シンプルな焼き菓子であるが噛めば噛むほどに甘みが口の中に広がっていく。


「えへへ、そう? 結構上手くできたと思うんだ!」


 さすがのリンデラン監修なので美味しい。


「褒められると嬉しいねぇ〜」


「……ジケ君、私のもありますよ?」


「あっ、うん、いただくよ」


「ジケ兄〜」


「私たちのも〜」


「もちろん食べるさ!」


 アユインは普通に嬉しそうにしていてリンデランたちのちょっとした嫉妬に気がついていない。

 話がこじれる前にとジケはみんなの焼き菓子も食べていく。


「モテるとは……大変ですね」


 一口ずつ食べて必死に感想を述べるジケを見てユディットは頑張ってくださいと心の中で応援していたのであった。

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