あたたかい大人もいるんだよ4
「ええ私を誰だと思っているんですか?」
偉そうにするだけが宰相の仕事ではない。
国民の中でイレギュラーな存在でもあるスイロウ族のことはシードンも把握していた。
「昔視察でスイロウ族のところを訪れたこともありますよ。それにしてもなぜスイロウ族の子供がこんなところに?」
視察の時のことをシードンは思い出す。
国民であるというがスイロウ族も獣人であり他種族に対してあまり好意的な種族ではない。
シードンも視察で訪れて冷たい視線を向けられたことをよく覚えている。
攻撃的な態度までは取られなかったけれどこうした町中に来るような人たちでは決してないと思う。
まして子供だけを送り込むようなことはしない。
「……スイロウ族に何かあったのですね?」
ジが答えるよりも早くシードンがある程度の事情を察する。
本来いるはずのないスイロウ族がここにいるということは何かしらの理由がある。
スイロウ族に問題が発生したのだと推測することは難しくない。
そのタイミングでお茶が運ばれてきた。
今回は誰かにこぼすなんていうミスはなく、お茶の上品な香りが立ち上る。
しかし空気はやや重たい。
「お砂糖も好きに入れてください」
シードンが頭を使うかもしれないと山盛りひと匙の砂糖をお茶に入れる。
「ではお話聞かせていただきましょうか」
説明はシードンと顔見知りのジが行う。
意気揚々と来た割にすることがなくなってしまったルシウスは大人しくお茶を嗜んでいた。
「……なるほど、密猟者ですか」
シードンは眉間にシワを寄せて小さくため息をつく。
「あの辺りはスイロウ族に管理を任せた禁猟区なのですが時々そうした不届き者がいるのですよね。今回はスイロウ族がいることにも気づいて手を出しているみたいですね」
「それでスイロウ族を助けてほしくて」
「ええ、もちろんです。スイロウ族はもう我々の仲間ですからね」
シードンは立ち上がって自分のデスクに向かう。
デスクの上にある資料を確認している。
「うーむ……」
「何か問題でもあるんですか?」
「なかなか今は巡り合わせが悪いのです……」
シードンによると今王様は王城にいない。
現在は各地を視察に回っていた。
別にそのことはいいのであるがそのために騎士団が帯同しているのだ。
王様の護衛や先回りしての安全確保などの仕事があるために結構な数が付いていっている。
騎士団は他にもいるので王様についていっているだけではない。
けれど治安維持など国の防衛や有事の際の予備戦力など動かせない戦力も一定数必要。
その上食糧危機や燃料不足などがいまだに尾を引いているために一部の騎士はそちらの問題の対処にも当たっていた。
普段ならすぐに動かせるが滞在する騎士団が少ない今は他の騎士団のスケジュールなどを調整して無理がかからないようにしなければならない。
「宰相殿」
「なんでしょうか?」
「我々ゼレンティガムに動く許可をいただきたい」
元々そのつもりでここを訪れていた。
ルシウスが自分たちが行くとシードンに進言した。
「ゼレンティガム卿が? いや、確かにそれがいいかもしれませんね」
悪くない考えである。
ゼレンティガムも一部の治安維持業務を担ってくれているが今の状況を考えると国の騎士よりも調整はしやすい。
国の騎士は国防という意識もあるためか北方の蛮族である獣人に対して良くない印象を持つものも少なくないが、ルシウスの私兵ならばそうした悪印象も少ないかもしれない。
「他領を通行する許可を国の名で出してほしいのです」
「分かった。ではゼレンティガムにお任せしよう。こちらも都合がつき次第騎士を送ろう。
王様がいらっしゃらないので勅書は私が責任を持って出そう」
いざという時ためにシードンにはある程度の権限が与えられている。
必要だと思えば煩わしい手続きをすっ飛ばして何かを承認するようなことも出来るのだ。
いかにシードンの能力が高く、王様からの信頼が厚いかということである。
シードンはすぐにゼレンティガムの騎士が領地を通行する許可を与えた証明となる勅書の作成に取り掛かる。
「大人って凄いだろ?」
何もしていなくてもトントンと話が進む。
話の早さについていけなくてぼんやりとしているトースとエスクワトルタにジは声をかけた。
トースとエスクワトルタだけじゃ出来ないだろう話がみるみると進んでいく様は大人の力を感じる。
貴族街から2人を追い出したのも大人であるがこうした正義感と芯を持って動いている大人も確かに存在している。
「世の中冷たい人だけじゃないんだ。獣人なんてことも関係なく助けてくれようとしてくれる人もいる」
確かに獣人にとって都会の町中は厳しい環境かもしれない。
だけど全員が全員そんな大人ばかりではないと知ってもらいたい。
「ルシウスさんもシードンさんも信頼していい大人。あたたかい人たちだよ」
過去ではジは他人のことを気にかける余裕などなかった。
今回の人生は少しは人のためになれるような大人になりたいなと思うのである。
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