蛮族の子3
ほんの少しだけもったいなかったかもと思わなくもないがトースという知らない人もいる前で頭を撫でてもらうほど素直にもなれなかった。
「何してんだ?」
トースは目の前に並べた料理を睨むように見つめたまま動かない。
「……ほら、毒なんか入ってないよ」
ジは料理を軽く手で摘んで取ると口に入れる。
警戒しているようだからそれを解いてあげようと思ったのである。
タとケの作る料理はある意味毒だ。
どれを食べても美味すぎる。
ちょっと怠惰に過ごして毎日双子の料理を食べていたらでっぷりと太ってしまいそう。
「食べて?」
「美味しいよ?」
トースは少し悩んだような顔をしたがお腹が盛大に鳴った。
果物を盗むぐらいなのだからきっとお腹が空いているだろうことはジにも容易く予想できる。
恥ずかしそうに顔を赤くしたトースはゆっくりとジが食べてみせた料理に手を伸ばした。
これなら安全そうだと考えた。
パクリと一口食べて目を大きく見開く。
はっきり言って意外な味。
貧民街の片隅、粗末な家で出てくるようなレベルの料理ではなかった。
一口食べてしまえばもう止まらない。
食べる。
ジが手をつけた以外の料理も食べてみるととても美味しい。
お腹が満ちていき、ここが安全な場所なのだと心で思ってしまうとグーッと胸が熱くなってトースの目から涙が溢れてきた。
グスグスと泣きながらトースは料理を食べていく。
ただ迷子になったりお腹が空いていただけじゃない。
何か事情がありそうだとジは思った。
「少しは落ち着いたか?」
何の事情があるのかは知らないが軽い話ではなさそうだ。
タとケはミュコに連れてちょっと家を出てもらった。
ついでだしコッコハウスでコッコのお世話を手伝ってくるらしい。
ジは食べ終わったトースに水の入ったコップを出してあげる。
「ありがとう、良い人」
「さっきも言ったが俺はジだ」
「……ありがとう、ジ」
テーブルの上ではフィオスがお皿を綺麗にしてくれている。
トースは水を一気に飲み干すと乾きはじめた涙を袖で脱ぐった。
「何があったのか聞かせてもらってもいいか? 俺でよければ力になるから」
今いるのはユディットとリアーネ、そしてグルゼイも黙して話を聞いている。
トースはジの目を見つめる。
最初に会った時のような敵意がある睨みつける目ではなく迷いが見える色を孕んでいた。
ジを信用してもいいものか悩んでいる。
少なくとも敵ではないと思うけれどまだまだあったばかりで自分の事情を話してもいい相手なのか判断がつかない。
「…………助けてほしいんだ」
しかしトースには他に頼れる相手もいなかった。
いくら考えても助けてくれそうな相手も思い当たらない。
今トースにはジしかいないのである。
ガクンとうなだれてトースは弱々しくジに助けを求めた。
「お姉ちゃんが……捕まって」
トースは自分に起きたことを話しはじめた。
細かな理由こそぼかしたもののトースは姉とこの町に来た。
町にをウロウロとしていたところ急に姉がさらわれてしまった。
トースも姉を探して助けようとしたけれど子供の力ではどうしようもなく、お金も姉の方が持っているので最後には盗みに走ってしまったのであった。
「ジ、顔怖い……」
「ああ、ごめん」
再びメソメソと泣き出してしまったトースはとても弱りきっていた。
一方でジは怒っていた。
おそらくこの町に不慣れなトースたちは立ち入ってはいけないところに入ってしまったのだろう。
そのために悪い奴に目をつけられたのだ。
さらわれたのもおそらく人身売買のような犯罪のためだろうと推測することができる。
だがこの国では人身売買、奴隷などは禁じられている。
リンデランの件もあったのでヘギウス家がより強い規制を求めて、いくつかの組織が一気に摘発されたなんてこともあった。
しばらくは貧民街の子供たちも平和に暮らしていたというのにまたそうした組織が出てきたのかと怒りを抱えている。
「……トース」
「ごめん、こんな話されても困るよね……」
「いや、俺が力になる」
ジはトースの肩を力強く掴んだ。
トースの状況は最悪だ。
けれど最悪な状況の中のほんの少しの光明。
それはジに会えたこと、ジに助けを求めたことである。
「ユディット」
「はい」
「ヘギウスに連絡を」
「分かりました」
自慢じゃないが今回の人生においてジは色々な人脈がある。
子供の人身売買に関して非常に積極的に関わるヘギウス家ともジは顔を繋ぐことができる。
「リアーネ、少し行くところがある」
「お供します」
「トース、無事に君のお姉さんを助けられるとは言えないけど全力で助ける。ちょっとだけ待ってて。今俺に出来ることをするから」
「ジ……どうして……」
どうして助けてくれるのか。
どうしてトースのために起こってくれているのか。
トースは助けてくれようとするジに感動を覚えながらも同時に理解もできないでいた。
「人さらいなんて許されることじゃない」
それに、泣いてる子を放っておけるほどジも人が出来ていない。
本気の涙は見れば分かる。
助けを求められたら無視できない。
出来ることなら手を差し出す。
それがジという男なのである。
「どれ、俺も冒険者ギルドに行って何か情報がないか聞いてこよう」
グルゼイも冷血漢ではない。
ここで何もしないとタとケに怒られてしまう。
「フィオス、行くよ」
お皿を綺麗にしてくれたフィオスがテーブルの上から跳んでジの胸に飛び込む。
ミュコたちにまた家に戻ってもらってジはトースのために動き始めた。
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