第十章

仲間たちとのんびり1

 モンタールシュから帰ってきたからといって国の状況が良くなっているわけでもない。

 厳しい寒さはすぐには通り過ぎてくれずにより一層厳しいものとなっていた。


 それでも人は生きねばならない。

 ただ若干ジの生活にも変化があった。


 それはテレンシア歌劇団が生死にフィオス商会の傘下に置かれることになったのである。

 名前も変えてフィオス歌劇団。


 別に名前を変えなくてもいいといったのに劇団員の反対もなくフィオス歌劇団に決まったらしい。

 ステージの上に青いスライムが乗っていて、オンプで歌っているように表現する新たな看板まで作られてテレンシア歌劇団も新たに生まれ変わった。


 テレンシア歌劇団、改めてフィオス歌劇団にもジは家を用意した。

 流しでの営業は続けるがジの近くを拠点にするために帰る場所が必要となったからである。


 その場所はフィオス商会の横にある建物だった。

 フィオス商会の隣は店舗兼自宅となっているタイプの大きめの建物があった。


 しかしそこの店主が一大決心をした。

 ジが王族や大貴族を相手にするのを見て刺激されてしまったお隣のお店は自分もまたチャレンジしたいと飛び出していったのだ。


 そのため隣はたまたま空いていた。

 それなりにデカい建物なので買い手がついていなかったのだがフィオス歌劇団のメンバーが入るのにもちょうどいいと思った。


 ちょっと部屋数は足りないが劇団のものを置いておけるスペースはあるしフィオス商会の隣なのでフィオス歌劇団への依頼も商会で受けられる。

 公演などをやろうと思ったら平民街の方が劇場なんかもあって貧民街にいるよりも近くて都合がいい。


 好立地の物件を確保できたものだと思った。


「これは?」


「私が作った!」


「美味しーよ、タ!」


「こっちは私が作ったんだよ!」


「そうなの、ケ? どれどれ?」


「ちょ、なんでこいついるのよ?」


 教会の仕事から戻ってきたエが怪訝そうな顔をして一緒に朝食を食べているミュコを見る。

 ジがモンタールシュから帰ってきた時もエはそのまま教会で泊まり込みで働いてたのでいなかった。


 フィオス歌劇団となってすぐに活動開始!

 とはいかない。


 フィオスを模した看板はさっさと出来上がったのだけど他にもテレンシア歌劇団となっている看板があるので作り替えなきゃいけない。

 さらに演目なども一度見直すつもりらしい。


 これまではミュコが1番最初に踊っていたのだがミュコも大きくなってきて技術が上がり、シュレイムドールを守るも完璧に踊れるようになった。

 シュレイムドールを守るの評判は高く、演目としての人気が高いので最初ではなく後半の目玉として順番を入れ替えるつもりだったのである。


 さらにはミュコの衣装も少しキツくなってきたので新調するとか色々やることがあったのだ。

 そのためにフィオス歌劇団は今のところ活動していない。


 ミュコも当然街にいるのだけどなぜかミュコはジの家に泊まっていた。

 部屋はいっぱいなのでタとケの部屋で一緒に寝ている。


 そもそもフィオス歌劇団のために与えた建物だけど部屋は足りない。

 広さ的にはいいのだけどそんなに大人数がどうに住むことを想定していないので広めの部屋を複数人で使わねばならないのだ。


 劇団員たちにとってはそれぐらいなんてことはないのだけど機会を見て改築せねばならないなとジは思っていた。

 そんな中でミュコは少しでもみんなに広く使ってもらうなんて言い訳をしてジの家に押しかけてきた。


 タとケも懐いているしいいのだけどエが帰ってくると若干の修羅場感はある。

 

「ま、まあ、しばらく泊めてあげようよ」


「ふぅーん?」


「ダメ?」


「ミュコちゃん、追い出す?」


「うっ……」


 しかしここで強力な味方が現れた。

 タとケである。


 エもタとケには敵わない。

 双子にうるうるとした瞳で見られると大体どんな人でも陥落させられてしまう。


「ご迷惑にはならないようにしますので……」


 そこにミュコもしっかりと申しわけなさそうな顔を浮かべてみせる。

 ここで何か言おうものなら悪いのはエのようになってしまう。


「女性というのはいつでも変わらないものだな」


 同じく朝食を食べているグルゼイが目を細めて笑う。

 遠い昔、グルゼイもあのように目をうるつかせてお願いされた時に断れなかったことを思い出していた。


「も、もう! 分かったわよ!

 好きなだけいればいいじゃない!」


 別に追い出そうなんてつもりもない。

 そもそもこの家も色んな人が出入りするので今更1人増えたところで何も変わりはしないとため息をつく。


「あ、そうだ、ジ」


「ん? どうかしたか?」


「早めに水汲んできておいた方がいいかもしれないわよ」


「水?」


 エが思い出したようにチラリと水瓶の方を見た。


「うん。なんでも今年は川の水が少ないらしいの。枯れることなんてないとは思うけど早めに溜めておいた方が安全かもしれないって教会で言ってたの」


「なるほどな。じゃあ後で汲んでおくか」


 こうした噂話をただの噂だと軽んじない方がいい。

 噂には噂になるだけの理由があるのだ。


 火のないところに煙が立たないように噂になるのには何か原因がある。

 何でもかんでも信じちゃいけないが何でもかんでも噂だと流してもいけないのだ。

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