新たなる未来

「久しぶりだな、友人よ」


 相変わらずひどくしわがれた声がしてジが振り返るといつの間にか横にフードを深く被った男性が立っていた。

 特徴的なしわがれた声の男性はジが会いたいと望んでこの場に来ていた。


 夜の噴水広場は元々人がいないが月明かりが暗い今日は特に人がいない。

 もしかしたら暗いというだけの理由ではないかもしれない。


「まずは改めて感謝をしよう。お前のおかげで我々の中にいた裏切り者を捕らえることもできた」


「それは俺のおかげでもないでしょう」


「いや、お前に会わなければ我々は……いや、私は花を失っていたかもしれない」


 互いに真っ直ぐに前を見たまま会話をする。

 ジが呼び出したのは情報屋の長であるガルガドであった。


 過去の断片的な記憶を頼りにガルガトに対して賭けに出たのだがそれが上手くいって以来ガルガトはジのことを友人だと認めてくれている。

 だからといって単にお話をするためだけに呼び出していい相手ではない。


 ちゃんと用事があってガルガトを呼び出していた。


「花は大切ですからね」


「それで何の用だ? お前のことだから俺と話したいというだけで呼んだのではないだろう」


「……弟子を取ってみるつもりはありませんか?」


「なんだと?」


 予想もしていなかった言葉にガルガトは思わずジのことを見てしまった。

 ジはニヤリと笑ってガルガトのことを見返す。


「情報屋に適した人材がいます。是非とも彼のことを鍛えて、そして守ってほしいのです」


「……巷を騒がせた泥棒のことだな?」


「さすがですね」


 一瞬でガルガトは答えに辿り着いた。

 ジはそのことに驚きながらも出来るだけ表情は平静を保ってうなずいた。


 ジがガルガトに薦めようとしていた人材とはソコのことであった。

 魔獣による透明化の能力、マントは大きくなったら別に用意する必要はあるだろうけど今はまだ体を覆うだけの大きさもあってソコが隠れたら見つけるのは困難である。


 ソコは泥棒事件でも罪に問われることはなかった。

 なのでソコの能力を知る人はほとんどおらず、ソコの生活を脅かすような存在はいないはずだと思う。


 けれど完全に安全だとは言い切れない。

 どこかでソコの能力が漏れた時にソコが、あるいはその周りの人が危機に晒されるかもしれない。


 ソコにも身を守る術を教えてくれる人が必要だ。

 誰かが戦い方を教えてもいいのだけどソコの場合それよりも姿を消せるという強みを活かした方がいいとジは考えた。


 より気配を消す方法や影に紛れる手段、昼でも夜でも己を隠すための術を教えてくれる人が師匠となるべきだ。

 そんな時にガルガトのことを思い出した。


 過去では暗殺王となったガルガトであるが情報屋は解体してしまった。

 信頼できる人に託すのでもなく解体したということにはガルガトに後継者がいなかったことも大きな要因の一つである。


 ジの見立てではガルガトの花は娘である。

 それもガルガトは自分の仕事を明かしていない。


 過去では亡くなってしまった花であるが生き延びている今回でもおそらくガルガトは情報屋を継がせるつもりなどないのだろう。

 上手くいけばソコをガルガトの弟子としてねじ込めるのではないかと思った。


 ソコに必要な技術を教えられ、かつ情報屋は隠れた組織でもあるのでソコが身を隠すのにもちょうどいい。

 ソコがガルガトに気に入られて情報屋を継ぐことができればこの国は情報という面で大きな力を持ち続けることもできる。


 そうでなくとも技術と保護はソコに取って魅力的なのだ。


「俺の弟子になるということがどういうことかは分かっているのか?」


「……分かっています」


 ガルガトが後ろを振り返った。

 ガルガトの真後ろにはいつの間にかソコが立っていた。


 驚いた様子もなくガルガトはソコを見下ろしている。

 ジは最初からソコも連れてきていた。


 マントで体を覆い、近くで隠れているように言っていた。

 ジとガルガトが会話をしている間にこっそりと後ろに回ってきていた。


「気づいていたんですか?」


「俺の後ろを取るにはまだまだ青い」


 人の気配を察するには色々な手段がある。

 ほんのわずかな足音、服の擦れる音、殺そうとしている呼吸音。


 集中していれば視覚に頼らずとも相手の存在を感知することができるのだ。

 姿を消して魔力を消しても人としての気配を消し切れていないために後ろに近づく存在がいることを感じていた。


 ただ殺気のようなものを感じず、この状況ではジの関係者だろうと放っておいただけなのだ。


「しかし……俺以外に気づけるものは少ないだろうな」


 闇に生きるガルガトだから気づけた。

 それ以外のところでは非常に優秀である。


 そもそもここに来た時点ではガルガトもソコの存在には気づけなかったのである。


「この世界に入るということは簡単なことではない。家に帰りたいと思っても帰れるものではなく、命の危険にさらされることもある」


「分かっています」


「なぜそこまで」


「……僕には恩人がいます。返しても、返しきれないほどの恩がある恩人が……」


 ソコはガルガトの後ろにいるジを見た。

 父親を救ってもらい、今度は自分まで助けてくれた。


 憧れのヒーロー。

 一生かかっても恩を返したいと思っている。


「僕は僕に出来ることをしたいんです。あなたの下で学ばせてもらえば僕も少しは恩が返せるのかもしれない……だから!」


「…………ひとまずジには俺も恩がある。だからお前を引き取ろう。

 しかし弟子にするかどうかはお前次第だ」


 すぐに諦めるようなものを弟子にするつもりなどない。

 しかしソコの能力は確かに情報屋向けであるし、やる気があるならば逃すのには惜しい才能かもしれないと思った。


「ありがとうございます!」


 誰も知らない。

 本来無くなるはずの国1番の情報屋に未来の後継者ができたことを。


 誰が知っているだろうか。

 オランゼという表の情報屋とソコという裏の情報屋のどちらにもジが強い影響力を持っていることを。


 ソコの両親にはソコはジのところで働いて恩を返すことになったと説明した。

 ソコの両親もジのところならばと納得したのだが実際は過去で暗殺王にまでなったガルガトの弟子になったのであった。


「時々……顔出すから」


「ああ、頑張れよ」


「いつか……情報屋、アニキにあげるからさ」


 ソコはこのままガルガトについていくことになった。

 別れの挨拶、ソコは最後にジの耳元に口を寄せてとんでもないことを言った。


 そしてウインクしてイタズラっぽく笑う。


「……ふふ、期待してるぞ」


「任せてよ。絶対……絶対絶対アニキの役に立つようになってみせるから!」


「いくぞ……やるべきことは多い。俺も暇ではないからな」


「はい、師匠!」


「まだ師匠ではない」


 いい師弟になりそうだ。

 立ち去る2人の姿が見えなくなるまで見送ってジも家に帰った。

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