モンタールシュの建国祭3
出てくる料理もスパイシーな香りが漂っていて食欲を刺激してくるなと思っていた。
「ねえねえ」
「ん?」
「あのおじさん、いいおじさんだよね?」
何から食べようかなんて考えているとタとケがジの服をクイクイと引っ張った。
いいおじさんとは誰のことだ。
この国に知り合いはいないはずと思ってケが指差す方を見る。
先ほどの人だかりが割れてその中心にいたと思われる人物が出てきていた。
「あっ……!」
いいおじさんが誰なのか納得した。
見覚えのある人だった。
一度しか会っていないけれど屈託のない爽やかな笑顔は記憶に残っていて覚えていた。
モンタールシュに来て間もなく、最初に入ったレストランで急に声をかけてきたお爺さんがいた。
この国を楽しんでもらいたいと特別な料理まで出してくれた人でブラーダと言っていたなと思い出した。
お金持ち、あるいは地位のありそうな人だったのでこうしたところにいてもおかしくはなさそうだ。
でもあれだけ囲まれると言うことは有名人なのかなと考えているとブラーダと目があった。
ブラーダはニカっと笑ってジの方に向かってくる。
「この国は楽しんでくれているかな?」
イスコではなくジの前まで来たブラーダはしっかりとジの目を見て声をかけてきた。
以前はイスコが対応した。
なのにイスコではなく、しかもその中でもジに話しかけてきたとなるとブラーダはジのことを知っていることになる。
この集団における真の中心人物がジだと分かって声をかけてきているのだ。
「はい、楽しんでいます。
人も温かく、料理も刺激的でとても良い国だと思います」
相手の身分はイマイチ分からないけれどただものでないことだけはわかっている。
ジのことも知っていそうなので下手に誤魔化したりしないでそのままジが対応する。
ブラーダに話しかけられて周りの目が一斉にジに集まる。
「今日は君が話してくれるのだな?」
「はは……」
やっぱり分かっていた。
「あの、王様!
私……」
「今は私が話している最中であろうが……」
横から若い貴族の男性がブラーダに話しかけてきた。
途端に笑顔を消してブラーダが男性を睨みつける。
会話しているのに割り込まれて不愉快だと睨まれて男性がたじろぐ。
「お、王様!?」
睨みつけると体格も良いことが相待ってかなり圧力がある。
なんてことよりも男性の言葉にジは驚いた。
まさかブラーダが王様だとは思いもしなかった。
流石にジの顔が青くなる。
ブラーダが王様だとしたらジのことを知らないだろうからとイスコに対応してもらったことは非常に失礼なことになるかもしれない。
これはマズいのではないかと慌てる。
しかし王様は男だっただろうかと頭の隅で少し思った。
「も、申し訳……」
「謝るべき相手は私ではないだろう」
「はっ、申し訳ございませんでした!」
「い、いえ……こちらは大丈夫ですので」
ブラーダに怒られて男性がジに向かって頭を下げる。
「それに私はもう王ではない。
ただの年寄りだ」
ブラーダは穏やかに笑って顔を青くしているジに視線を向けた。
「下がってくれるかな?
私は今こちらのお客様と話しているのだ」
「は、はい!」
「改めて自己紹介しよう。
ブラディラクア・モンタールシュ・ヴェフガンシュタン。
この国の前の王だ」
「え、ええと、フィオス商会のジです!」
そういえば王様が代替わりしたと聞いていた。
王様が亡くなったから替わったのではなくまだ元気なうちに子供に王位を譲るということで退位したのだと軽く調べた時に見た気がする。
「はははっ、知っておる。
君を呼びたいと強く推したのは私だからな」
「……最初から全てご存じだったんですね」
「隠していて済まないな。
ただモンタールシュを楽しんでほしくてな。
それにあの時会ったのは実は偶然だったのだ」
ジをこの建国祭のパーティーに招待することを猛プッシュしたのは前王であるブラーダであった。
そのために当然ジのことを知っていた。
けれどレストランで出会ったのは偶然であり、たまたま見かけたから少し挨拶でもしようと声をかけてきていたのである。
モンタールシュに来ていきなり前王に話しかけられては心落ち着かないだろうとブラーダは正体を明かさなかった。
前王だったからあんなに人だかりが出来ていたのかとようやくジも納得した。
まだまだ健康そうなので王位を退いたとしてもその発言権の大きさに変わりはない。
ジを招待客にねじ込むことも容易いぐらいなのだ。
お近づきになりたいと考える人が多くても全く不思議なことではない。
「まだ小さいが賢く、勇敢な者よ。
私は君と友になりたい。
……もうすぐ宴が始まる。
詳しい話は後にしよう」
兵士たちの動きを見てブラーダが何かを察した。
「クオンシアラ・モンタールシュ・ヴェフガンシュタンのご入場です!」
ブラーダが離れた直後兵士の声が会場に響き渡った。
ジに向いていた視線が一斉に別の方に向かった。
「あれが現王様」
一気に静かになった空気を切り裂くように会場に1人の女性が入ってきた。
光の加減では銀にも見える髪と瞳、褐色肌の壮年の女性で美しさというよりは凛々しいカッコ良さがある。
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