呪いの後遺症1

 盗掘団の事件は一段落した。

 しかし何もかも元通りとはいかない。


 ソコは呪いの影響があるか分からないためにしばらく留まるように言われた。

 強制ではないと言いつつも何かがあった時に対処するためには大神殿でなければならず、ほとんど強制のようなものであった。

 

 最初は大神殿にいたのであるがジの友人であるということでソコ本人やジの希望の下でジのところにソコは来ることになった。

 ソコの両親もしばらく大神殿に一緒にいたのだけど自分たちの生活もある。


 大神殿からソコがジのところに移動するタイミングで家に戻ることにしたのだった。

 何かがあってもジのところなら大丈夫だろうという信頼もあったのである。


「やめて……助けて……」


「ソコ……」


「お願い……」


「ソコ!」


「はぁっ!

 ハッ……あ、あれ?」


「大丈夫か?」


「ま、また?」


「……そうだ」


 呪いの影響なんかない。

 そう思っていたのに、そうもいかなくなった。


 いつ頃からか、ソコは悪夢を見るようになっていた。

 それがなんの悪夢なのかは分からない。


 頭の中がぐちゃぐちゃとしてとにかく苦しい。

 悲しくて、虚しくて、嫌で、逃げ出したいのに逃げられない。


 深い泥の中でもがいているように手を伸ばしても動くことすらままならないような陰鬱な気分の悪夢。

 毎日ではなく時々思い出したように悪夢に囚われる。


 慣れない環境による疲れだと最初は思っていたのだけどあまりにも続くから呪いの影響なのではないかと思われた。

 けれど大丈夫で見てもらってもなんともなく精神的に安定するお香をもらったぐらいであった。


 ソコには別の部屋をあてがっていたジであったが悪夢にうなされることがあると知って一緒に寝るようにしていた。

 家に来た初めの頃はただうなされているだけだったのだが段々とうわごとのような言葉も漏らすようになった。


 まるで操られている時のように助けてとよく口にしていた。


「ほら、水でも飲め」


「ありがとう」


 ソコはじっとりと汗をかいている。

 ジがコップに水を注いで渡してやる。


「また悪夢か?」


「うん……」


 こうなってしまうとソコを返すのも不安が付きまとう。

 今のところ悪夢にうなされる以外に周りに被害もないのだけど悪夢からさらに発展して問題が起こる可能性もあった。


「どんな夢なのかは分からないのか?」


「うん、なんていうか頭の中が塗りつぶされたような感じで自由がきかなくて。

 それがどうしてなのかも分からないんだ。


 でも……」


「でも?」


「最近、悪夢の時に声がするんだ。

 助けて、やめてって……」


 頭の中で声が響いていた。

 なんの言葉にも聞こえない響きだったものがいつの間にか言葉となって聞こえている。


 それは助けを求める声。

 かすれて消えていくような悲しい声だった。


「多分女の子なのかな?

 分かんないけどどうにかしてあげたいと思っちゃう……」


 悪夢の中の声なのにあまりにも悲痛に聞こえてきて、助けてあげたいなんてソコは思っていた。


「そう言ってもな……」


「うん、どうしようもないんだけど」


 ソコの悪夢が何なのかすら分かっていない。

 頭の中で聞こえている声の正体については推測も立たない。


「とりあえずもっかい寝るか」


「そうしよっか」


 ーーーーー


「おそらく呪いの影響でしょう」


 定期的にソコは大神殿で健診をうける。

 悪夢こそ見るが健康状態には問題はなく健康そのものであった。


 しかしそうなってくると気になるのはやはり悪夢である。

 どうしたらいいかと悩んでいると大神殿の方で協力を依頼していた呪いを研究している人が到着していた。


 呪いの研究をしていると言うとどうしてもいい顔をされないので呪いの研究者は少ない。

 そうした中でも呪いの第一人者として知られているモーメッマという博士がたまたま隣の帝国に研究のために訪れていた。


 呪いをかけられた少年がいると手紙を送ったところ早めに研究を切り上げて来てくれていたのである。

 変なヒゲの形をした細身のおじさんで独特の雰囲気がある人だった。


 ジが使ったような呪いがかかっているかを確かめる道具を使ったり、いくつか質問をしてみたりとソコのことを調べたモーメッマ。

 まだ確実なことは言えませんが、と前置きしてひとまずの結論を出してくれた。


「ふふ、まだ呪いの魔道具も調査していませんので。

 調査しても確実なことは言えないと思いますけど」


 おヒゲを撫でながらモーメッマはさらさらと資料にメモを書き込んでいる。


「どうやら強い呪いだったみたいですね。

 呪いは強くなればなるほど影響は大きく、かけられた人、かけた人にも何かが残ることもあります。


 例えば完全に呪いが解けていないのに魔道具を使って別の人に呪いをかけた場合以前に呪いをかけられた人の影響が出てくることもあります。

 もしかしたら悪夢は以前に呪いをかけられた人の記憶のようなものかもしれないですね」


 1人でうんうんとうなずいているモーメッマは似たような事例がないか資料をめくって調べてくれている。


「前に呪いをかけられた人の影響ねぇ……」


 あり得なくもない。

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