こそこそ泥棒3

 少なくともジの知るヘギウス家は悪人ではない。

 国のために働いたり教会へ寄付をしたり慈善活動をしたりと悪いことをしないだけでなく、率先して貴族としての鏡になるような行動もしている。


 これまでの行動から盗みに入られるような悪い貴族にヘギウスは当たらないのである。

 それなのに盗みに入ったということは何かが起きている。


 考えられる理由はいくつかある。

 パッと最初には義賊的に動いていた泥棒だったが段々とエスカレートしてきてヘギウスに手を出したのではないかと思った。

 

 あまりにも上手くいってしまい、悪人である貴族を狙うというルールまで外れてしまった。

 犯罪行為が調子に乗って大きくなることはしばしばあり得ることだ。


 他には仲間割れでとか、最後に大きな仕事がしたかったとか考えられる。


「そういえば……」


 過去で聞いた話ではいくつか起きた泥棒事件で実は別犯人が同時に盗みを働いていたなんてことも聞いたことがある。

 本当に偶然貴族を狙う泥棒が別々の貴族を狙っていて大きな混乱を招いたのだ。


「うーん、何にしてもヒントなさすぎるよな」


 泥棒がどんな人であっても今は何も分からない。

 何人で男か女かも不明なので目的や次の狙いすら予想が立てられない。


 泥棒を捕まえるには何か分からないことには追いかけられない。


「……少しエサをまいてみようか」


 分からない以上はあちらから出てきてもらうしかない。

 ジは作戦を考える。


 泥棒の正体が全く分からないのならこちらから追いかけようもない。

 だからどうにかあちらから出てきてくれはしないかと思った。


 ーーーーー


「それで協力してほしいと?」


「はい。


 必要ならお金も払いますので」


「いや、いい。


 それに面白そうだ。


 使えるかどうか試しても見たかったしな」


 後日ジはオランゼの元を訪れた。

 ゴミ処理の仕事帰りの訪問であるが話があると言うとニヤリと笑って招き入れてくれた。


 ジはオランゼに協力をお願いした。

 ちょっとどうなっているのかも気になっていたしこの機会にオランゼがこっそり進めている情報収集の手腕を確かめておこうとも思った。


 ジのスタンスとしては広くものを知っているオランゼならばどうにかならないかという相談の形を取って誘導した。

 今はまだ仕事を円滑に進めるだけに使っている情報収集行為の手を広げようとしていたオランゼも良い機会だと考えた。


 お願いしたのは巷を騒がせている泥棒に関する情報収集、それに急に羽振りが良くなった人がいないかを調べてもらうことにした。

 泥棒は盗みを働く。


 当然手元に入ってくるものは盗んだもので元手などない。

 もう何回も泥棒を成功させているのでお金そのものもあるだろうし、宝飾品を売っただけでもそれなりの利益になる。


 警戒心が高ければまだ使わないかもしれないけれど人間お金で懐が暖かくなると使ってしまいたくなるものだ。

 普段とは違うお金の使い方をしている人がいれば盗んだお金で遊んでいる可能性がある。


「魔道具の購入……自ら泥棒を捕まえるつもりか?」


「……捕まえるまでいかなくても尻尾は掴めないかなと」


 そして情報収集だけでなくオランゼにジが高級な魔道具の購入を検討している噂を流すようにもお願いした。

 こちらは見つけられないのなら自分から出てきもらうための作戦である。


 犯人は少なくともリンデランの魔道具セッカランマンを盗んでいった。

 泥棒が盗んだものを自分で使うのはリスクがあるのでどこかで売りたいはずだ。


 しかし泥棒が話題になり始めて、ヘギウスが目を光らせていてはなかなか買い手を見つけるのも楽なことじゃなくなった。

 そこに新進気鋭の若手商人が魔道具を探しているとなれば売るために接触してくる可能性もあるんじゃないかと考えた。


「また何を考えているのか……俺には分からないがやらなきゃいけないことがあるんだな?」


「大事な友達のためなので」


「なるほど。


 やはり金などいらない。


 お得意様のためでもありそうだしな」


 オランゼはニヤリと笑った。

 ジがヘギウスやゼレンティガムと親しいことは知っている。


 ヘギウスに泥棒が入った直後にこのような話を持ってきた。

 そうなると自然と理由もオランゼには分かっていた。


 ヘギウスはオランゼにとっても大事な取引先。

 大貴族がゴミ収集の仕事を受け入れてくれていることは他の貴族の理解を得るのに大きな助けとなっている。


 きっと表には出ない、ヘギウスが知ることもない恩になろう。

 けれど恩を売っておけばどこかでそれが返ってくる。


 ただの情だけで動くオランゼでもなかった。

 でもやっぱりジの頼みというところは大きい。


 もうオランゼのところで働く必要はないのに未だに働き続けて貴族との縁を繋いでくれている。


「ただし」


「ただし?」


 お金はいらないと言われた。

 なら何を要求されるのかとジは身構えた。


「無茶はするな」


 オランゼの目は優しい。

 この小さな少年の噂は時々耳に届いてくる。


 何をしているのか聞くつもりはなく、特別調べるつもりもないのに聞こえてしまうのだ。

 人は目立てばそれだけ敵も多くなる。


 出会って間もない頃、無茶をしてジが大神殿に入院したこともあった。

 冷静な子に見えて時として無茶なことをする。


「ご心配ありがとうございます」


「からかうな。


 お前はここで仕事してくれているのだから私の大事な部下に違いない。


 抜けられたら穴を埋めるのも大変だ」


「ふふーん、心配してくれてるくせに」


「仕事のな」

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