海に落ち1

「うお……おっと」


「ふむ、まだまだだな」


 雨が降り風が横殴りに吹いてきて船がひどく揺れるようになった。

 左右上下に動いて時には体が浮き上がる。


 こうした時には大人しくしているのが1番なのであるが過酷な状況こそ鍛錬すべしというのがグルゼイだった。

 不規則な揺れに体の重心移動を合わせて体幹の鍛錬をする。


 なぜかグルゼイは揺れてもいないように立っているがジはあっちにふらふら、こっちにふらふらと揺れに振り回される。

 普通に立っているグルゼイに比べてジは両足を広げて踏ん張ろうとしても上手くいかない。


 床にいるフィオスも跳ねてもないのにビヨンビヨンと体が大きく揺れているがフィオス自身はそれが楽しいようだ。


「うわっ!」


「大丈夫ですか?」


 船が一際大きく揺れてバランスを崩して倒れかけたジをニノサンが支えた。

 ニノサンも船上生活が長かったので船の揺れに慣れていた。


 そもそも身体能力も高いので揺れに振り回される時間は短かった。


「ありがとう」


「何事も逆らってはなりません。


 それに無理に力を込めすぎると次への対応が遅れます」


 波は不規則に船を揺れさせる。

 足に力を込めて一度は耐えられてもすぐに別の方向に揺れるので対応しきれなくなる。


 波の動きに身を任せて最小限、最低限の動きで体を支えていけば自分が船の動きと一体になり、そして波になる。


「余計なことを吹き込むな。


 自分で悟ることも必要だ」


「……申し訳ございません」


 仕える人の師匠なのでニノサンはグルゼイにも敬意を払う。

 かつて敵であったが今剣を向けないのならとグルゼイも特にニノサンについて追及しなかった。


「口で教えてやるばかりが優しさではない。


 何かを自分で学び取ってこそ価値があることもある」


「教え、胸に刻みます」


 たかが船の揺れに慣れるだけで大袈裟なとジは思う。

 一から十まで全てを丁寧に説明してやることもないが始めの一ぐらいは教えてくれてもいいだろう。


「特にこの弟子は頭が良すぎる。


 何かを教えてはすぐに覚えてしまうからつまらんのだ」


 そんな理由かよ!とジは視線を向けるとグルゼイはニヤリと笑っていた。

 からかわれたようだ。


 グルゼイはむしろ覚えが早くて楽しくすら感じている。

 人々はジの魔獣がスライムであることが惜しいというがグルゼイはその逆の意見を持っている。


 スライムだからこそジは己の才能を伸ばして、鋭く磨いているのだ。

 魔力の多い他の魔獣だったのならグルゼイの弟子になんてなることはなかったし、これほどまでの努力もしなかっただろう。


 奇妙な巡り合わせがジを天才のように見せかけている。

 努力の天才であることは間違いないのだが最初からなんでも出来るような化け物の天才ではない。


「あああ〜」


「情けないな」


「アイツはダメですね」


「う、うるさい……」


 座っていても揺れてに負けて転がるユディットを見てグルゼイとニノサンがため息をつく。

 自分も慣れれば揺れぐらいなんてことはないのにと思いながらも反論しようと口を開くと吐きそうで何も言えない。


 そうしている間にもジはニノサンのアドバイスを考えて波に逆らわず揺れに身を任せてみる。


「ほら見てみろ、もう掴み始めている」


 あちこちにフラフラとしていた体が安定し始める。

 少しの体重移動で意外と波の揺れに対応することができて、慣れてくると揺れの終わりもなんとなく掴めてくる。


 時々くる不意の揺れにはまだ対応しきれないけれど立ち止まっている分には揺れに惑わされることは少なくなった。

 だけど意外とこの体重移動も腹に力を入れたりと疲れる。


 グルゼイによるとまだまだ無駄が多いから体に負担がかかっているらしい。


「これほど揺れる時も珍しいからな。


 今のうちにやれるだけやっておくといい」


 これだけ出来るなら通常の時はもちろん普通の荒天ぐらいなら平気で船の中でも歩いていける。


「敵襲だ!


 動けるやつは武器を持て!」


 外の天候とは反するように穏やかだった船内に突如として緊張が走った。


「行くぞ」


「私も」


「大丈夫なのか?」


「元々ケガはありませんでしたから」


 グルゼイは真っ先に飛び出していった。

 グルゼイについて行こうとするジにニノサンもヘルムを取ってついて行こうとする。


 病み上がりだがニノサンが疲弊することになった原因の大きな部分は魔力の消耗だった。

 ポーションも飲んで休んだし動けないほどコンディションは悪くなかった。


「わ、私も行きます……」


「お前も大丈夫かよ?」


「外で雨に打たれている方がマシです……」


 ユディットも剣を杖にして立ち上がる。

 みんなが戦っている中で待っているのは嫌だし、これなら外で戦っている方が気が紛れる。


 吐いても外は大雨だしバレやしない。


「船を襲ったのはコイツらだ」


 甲板に出てみるとすでに魔物が何体か上がってきていた。

 二足歩行の鱗の生えた奇妙な魔物たち。


 マーマンはデカい魚に手足が生えたような感じで人よりも魚に近い。

 しかしこの魔物は人型の形態をしているものに鱗が生えているようで人に近い形をしている。

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