王城に呼び出され2
茶髪の異端審問官はゆっくりと馬車の中を覗き込む。
ジの馬車でもないのだし怪しいものなどない。
「一度出ていただいて身体検査をしてもよろしいですか?」
丁寧な口調だけど有無を言わさぬ威圧感がある。
抵抗するより大人しく従った方が遥かに早く終わる。
ジとユディットは馬車を降りて身体検査に応じる。
ちょっと持ってるお金とか確認されて他に隠しているものはないかと調べられる。
ジはサラッと終わったがユディットの方はなんかしっかり調べられた。
子供だから軽く調べられたのだろうけど雑に扱われるのもムカつく。
「何もありませんね。
ご協力に感謝します」
当然怪しいものもないので何も出ない。
特に感謝している顔もしないで感謝する異端審問官から通行の許可が出た。
「申し訳ありません……
先日事件がありまして」
「魔神崇拝者の襲撃ですか?」
ライナスから話は聞いているので知っている。
異端審問官が出張ってくる案件などこれぐらいしかない。
「ええそうです。
兵士の中にまで魔神崇拝者がいたとなるとチェックも厳しく、こちらとしても潔白を主張するのに強くは出られないのです」
体面上は国主導で魔神崇拝者を探して調べているがどこに潜んでいるのかも分からない以上魔神崇拝者を探すプロである異端審問官に任せる他はない。
まだ内部に魔神崇拝者、あるいはその内通者がいると疑っている異端審問官は来客の1人も見逃すつもりはない。
ジからして見れば異端審問官も十分な異常者である。
魔神崇拝者が異端審問官よりも際立って残酷な側面を表に見せているから異端審問官の正義が受け入れられているだけで単体で見ると結構ヤバい奴らだ。
ただやはり宗教という背景を持つのは強い。
正しい信仰を守るためと言われると一般的な国や教会はそれに従わざるを得ないのである。
「関係者から魔神崇拝者が出たので仕方ないのですがなんせ融通もきかなくて」
だが実際のところ異端審問官の強権的な捜査によって何人か魔神崇拝者やその関係者が見つかっているのは事実だった。
それによってさらに口出ししにくくなった。
放っておけば個人の下着まで調べそうな勢いなので辟易としている人も多い。
ミラーも威圧的に質問されたので異端審問官にいい印象がなかった。
もっと人当たり良くしたっていいのにとミラーはため息をついた。
異端審問官の話から宰相シードンの愚痴に話が変わって反応に困りながらもシードンのところに着いた。
「ご足労いただきありがとうございます」
机に積まれた書類に囲まれたシードンが小さなレンズのメガネを外しながら立ち上がって迎える。
少し疲れたような顔をしている。
先日の魔神崇拝者の襲撃による後処理も多い。
死傷者も出た。
王城にある劇場も壊れてしまってどうするか問題もある。
異端審問官に対する苦情や食料不足の問題など対処しなきゃならない問題が山積みなのであった。
「騎士様もお座りください」
シードンはユディットのことをちゃんとジの騎士として認識していた。
ユディットはジを見る。
座ってもいいと軽く頷き返してやる。
護衛としては座ってもいられないけれど状況に合わせることも大事だとグルゼイからは言われていた。
宰相の部屋でジに襲いかかることなどまずないはず。
警戒心は保っておくがユディットはジの隣に腰掛ける。
メイドさんが入ってきてジとユディットの前にコップを置く。
その中にはお茶ではなくジュースが注がれていた。
「今日お呼びしたのは仕事をお願い致したくてです」
「お仕事だとは聞いてますが何をすれば?」
「馬車をお貸しいただきたいのです」
「馬車をですか?」
「はい……」
今この国は食料不足に陥っている。
モンスターパニックのせいで農作物が大きな打撃を受けたためである。
食い尽くされた植物が急に生えてくるわけもない。
そうなると食料をどこから得るのかというと他国から得るしかない。
建国祭ではつながりの深い国だけでなく普段はあまり交流もない国からも貴賓が訪れていた。
王様は短い時間に話し合いを重ねていくつかの国から協力や取り引きを取り付けていた。
「南側の諸国が多いのですがそれ以外の国もありまして。
この国の東側が海に面していることはご存知ですか?」
「ええ、行ったことはありませんが」
「それで海を隔てた国からもご支援いただくことになりましたのですが輸送の問題があります」
当然食料は生ものだ。
素早く運ばねば劣化したり痛んだりしてしまう。
長く食料を持たせて、早く運ぶ必要がある。
そこでジの出番なのである。
「揺れの少ない馬車を食料の輸送のためにお貸し願いたいのです」
揺れが少ない馬車は揺れが少ないというだけではない。
揺れが少ないということは馬車に返ってくる衝撃も少ないということ。
高速で馬車を走らせるとどうしても地面の凹凸のために馬車の車輪や車軸がダメージを受けてしまう。
特に荷物を満載にして重たい状態にあると全速力で走らせる人はほとんどいないのである。
だからジの商会が作る馬車に目をつけた。
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