王城に呼び出され1

「それにしてもほんと会長にお仕えできてよかったです」


 馬車に揺られながらユディットが微笑む。

 護衛としてジについてきてはいるが、今日は御者をしておらずジと同じく馬車に乗っている。


 どうしてユディットの面倒もグルゼイが見ているのかちょっとした疑問だったがグルゼイが昔護衛であった話を聞いて納得した。

 ユディットはジの騎士であるが領地も持たないジが戦いなどに首を突っ込まない以上はジを守る護衛などが主な仕事にはなる。


 商会のクモノイタ作りも仕事ではあるが今のところユディットの魔獣であるジョーリオでは糸が大きいのであまり多くの需要もない。

 弾力があるのでクッションでも作れないかと思ったりジはしているが、何にしてもユディットにはジがどこか赴く時や商会で商品引き渡しの時の護衛をしてもらっている。


 そのために同じく護衛をしているユディットに戦いの心得だけでなく護衛としての立ち振る舞いも教えていたのだ。

 元は弟子のためだが護衛として、戦士として全くなっていないユディットを見かねて、そしてわずかに成長を楽しみにする気持ちがあった。


 そんなグルゼイとも引き合わせてくれた自分の主君であるジにユディットはとても感謝していた。

 いつも感謝している。


 弟を治してくれたこと。

 すっかり良くなったユディットの弟のシハラは遊びと剣の鍛錬に邁進しながらも、家でやっているクモノイタ作りのお手伝いもしている。


 いつか自分もジに仕えるのだと目標もできて活力にあふれていた。

 次に仕事をくれてちゃんと給料もくれること。


 貧民街で暮らすことになり今後の生活も不安だったけれどただ騎士であるだけでなくて、仕事をくれて対価として給料をくれる。

 人としての尊厳もジは救ってくれたのだ。


 そしてさらに今は飢えることもないようにしてくれている。

 弟のシハラの分まで食べさせてくれていてユディットの中でのジの株は上がり続けていた。


「いきなりどうしたんだよ?」


「貧民街に来ることになって、シハラが病気になって……


 絶望したようなときもありましたが素敵な主君に恵まれ、素敵な環境に恵まれ、素敵な周りに恵まれている。


 ありがとうございます」


「よせやい、照れるだろ」


 本当に照れる。

 ユディットは日々鍛錬の中で細かな仕事もこなしてくれている。


 騎士になるなんて言われた時はどうなることかと思ったがユディットに感謝しているのはジも同じであった。


「それで宰相様に呼ばれるなんてまたなにしたんですか?」


「なんで俺がなんかした前提なんだよ」


 ジは今馬車に乗って移動している。

 向かっている先は王城。


 理由は宰相であるシードンに呼ばれたからである。

 商会の方にミラーというシードンの使者を名乗る騎士が来て、商会で仕事をしていたニックスが慌ててジを呼びに来た。


 宰相に呼び出されるとは何事かとジも急いで駆けつけると馬車を用意しているので一緒に来てほしいと伝えられた。

 ミラーとは以前にひと悶着あったので顔も覚えている。


 だから宰相のシードンの騎士であることは間違いなかった。

 前回ひっそり連れてこようとして大きな誤解を生み、ジに迷惑をかけてしまったのでこんかいは地味な見た目の馬車を用意して商会の方に訪ねてきたらしい。


 ずいぶんな成長である。

 ちゃんと配慮もしてのお誘いだし護衛のユディットを連れてシードンのところに向かうことにした。


「たとえ貴族でも宰相様にお目見えする機会なんて人生であることじゃないですから。


 何かしないと直接呼ばれることはありえないじゃないですか」


「そうかもしれないけど……宰相に呼ばれる理由なんて思いつくはずないだろ?」


「そうですよねー」


 仕事にも関わり比較的長い時間も共にいるユディットでも理由は分からない。

 一応仕事の依頼ということは伝えられているが馬車を作っている商会になんの仕事を依頼するというのか。


「失礼します。


 中を改めさせていただきます」


 気づけば馬車は王城まで来ていた。

 止められたので着いたのかと思ったらそうではないようだった。


 王城には着いているのだけど王城を守る城壁の中に入るところで止められていた。


「宰相のお客様です」


「それでも調べさせてもらう」


 何かもめるような声が聞こえる。

 馬車の中を調べたい誰かと馬車の御者をしているミラーの声である。


「失礼します、ジさん」


「どうかなさいましたか?」


「誠に申し訳ないのですが少し馬車に乗った方を調べたいと……」


「いいですよ。


 こちらは大丈夫です」


 調べられてやましいことなど1つもない。

 調べたいなら好きなだけ調べるといい。


 自ら馬車のドアを開けたジ。

 ミラーの後ろに立つ人が見えて思わず怪訝な顔をしてしまった。


 黒い鎧の騎士がそこに立っていた。

 趣味でそんな黒い鎧を身につけている人もいなくはないが右胸に描かれている紋章を見れば所属が分かる。


 異端審問官だ。

 なんでなのか知らないけど異端審問官は黒い恰好をしている。


 鎧すらも黒で統一されていて異様な威圧感がある。

 異端審問官だと知っていたら多少渋ったのに。


 拒否するとうるさそうなので最後には調べさせることになるとは思うけれど。

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