悪魔とグルゼイ2

「俺……怒らせちゃった?」


「いや違うよ」


 ジはゆっくりと首を振る。

 ライナスの言葉がグルゼイを怒らせたのであるが、ライナスが悪いことをして怒らせたのではない。


「ちょっと様子を見てくるよ」


 ジは何でもないことのように笑ってグルゼイの後を追いかける。

 といっても家を出てすぐのところにグルゼイはいた。


 特に行き先もないグルゼイは壁に寄りかかって悩ましそうに空を見上げている。


「師匠」


「……ジか」


「大丈夫ですか?」


「……大丈夫だ。


 お前こそ、何ともないか?」


 子供に向けるべきではない殺気を漏らしてしまった。

 出会った最初はジを追い払いたいと思っていた。


 だけど今は怯えた顔でもされていたらと心配の方が勝ってしまっている。

 どんな顔をしているのか確認するのが少し怖くて顔を上げたまま答えるグルゼイ。


「俺は大丈夫ですよ。


 だって師匠の弟子ですから」


 ジはグルゼイの横で壁に寄りかかって、同じように空を見上げる。

 浮かぶ白い雲。


 ちょっとフィオスみたいで、やや潰れた丸い形をしている。


「済まなかったな」


「大丈夫です」


 ポソリとグルゼイが呟く。

 ジは過去で軽くグルゼイのことについて本人から聞いた。


 でも話す方ではなかったグルゼイから語られた過去は少なくて何が起きたのかを知るには足りなかった。

 だからグルゼイが何に反応してこうなったかは分かっても、どうしてここまで怒るのかまでは分からない。


「タとケ、ライナスは?」


「ライナスの方はけろりとしてますよ。


 タとケも少し怯えていましたが師匠がちゃんと謝れば大丈夫だと思いますよ」


 後でこの事で詫びのおねだりぐらいはあるかもしれないけど。

 タとケも案外強いのでグルゼイから離れていってしまうことはないとそこは言い切れる。


「……何も聞かないのだな」


 ジはグルゼイにどうしてと訊ねない。

 気にならないわけじゃない。


 あんなに怖いグルゼイを見たのは初めてだったので理由は知りたい。

 しかし踏み込んで聞くことはしない。


 話してくれるなら聞くし、話したくないなら聞き出さない。


「聞いてもいいんですか?」


「そうだな……お前になら教えておこう」


 グルゼイは少しずつ話し始めた。

 一体何がグルゼイにあったのかを。


 ーーーーー


 グルゼイは別の国の出身であった。

 その国で生まれ育ったグルゼイは魔獣こそ弱い方ではあったが剣の才能と努力によってその地域では敵うものなしと言われるほどに強かった。


 若いグルゼイはより剣の腕を磨きたいと思っていた。

 時に冒険者、時に剣術の指南者など腕に覚えありと聞けば勝負を挑みに回っていた。


 そしてある男に勝負を挑んで完敗した。

 地方貴族に仕えている護衛の初老男性で全く相手にならなかった。


 手酷い敗北にもグルゼイは諦めなかった。

 たまたまグルゼイのいたところにその貴族の親戚がいて、来ていたらしくすぐに帰ることになっていたのだがグルゼイは普通に後をつけて付いていった。


 道中にも何度も護衛の男性に挑み、敗れた。

 護衛の男性もグルゼイに才能を見出していたが護衛という仕事の身である。


 挑まれれば戦うがそれ以上の関係を持つつもりはなかった。


「そんな時に俺を引き入れてくれたのがセランだった」


 護衛の男性が護衛していた地方貴族は若い女性だった。

 セランといってそれなりの年齢になったにも関わらず良い噂の1つもなくてお見合いとして男性に会わせられるために親戚のところにいたのである。


 どうせ付いてくるのなら少し離れた後ろから睨みつけるように付いてくるより一緒に行けばいい。

 そう言って護衛たちの反対を押し切ってセランはグルゼイを連れていくことになり、グルゼイは完全にセランに同行することになった。


 熟練した護衛ばかりで全員男性。

 年上ばかりの中で現れた歳の近いグルゼイにセランはよく話しかけた。


 対人関係が上手くなくてグルゼイは渋い顔をしてセランに対応していたけれどセランはそれを気にもとめず、持ち前の明るさでグルゼイに接し続けた。

 いつしかグルゼイも態度が柔らかくなって笑顔を浮かべてセランと話すようになっていた。


 一方で護衛の男性との戦いは負け続けた。

 野営の準備をした後に戦うのが日課のようになっていてグルゼイは毎日挑んでは日々どうすれば勝てるかと考えていた。


 また負けた、とイタズラっぽく笑うセランによく頬をつつかれたことは忘れない。

 もうすぐセランの家がある領地に着くところまで来た。


 家に着くけどどうするのかと問われたグルゼイ。

 一瞬迷ったけれどまだ護衛の男性にも勝っていないので近くで冒険者の仕事でもしながら挑むつもりだと答えた。


 それなら護衛にならない?

 セランのその言葉にまるで頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


 得体の知れない護衛の男性のストーカー男を護衛にしようなんて周りも反対した。

 しかしセランはグルゼイの意志が大事だと言ってなる気があるなら歓迎すると言ってくれた。


 そしてさらに、唯一黙って聞いていた護衛の男性も口を開いた。


 私の弟子にならないか?

 またまた大きな衝撃がグルゼイが襲った。

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