君は希望、そして絶望2
クズはどっちだと言いたくなるのを堪えて反抗的になりそうな視線を下げて気づかれないようにする。
「何か必要なものはありませんかって聞いてこいよ!」
「うっ!」
なんでそんなことをする必要がある。
頬をビンタされてジは床に倒れ込む。
憐れみに近いような視線を向けてくる人もいるが男を止めるような人はいない。
ただここで抵抗したり反抗したりしたらもっと酷い目にあう。
「行ってまいります」
男と一度も視線を合わせることなくジは立ち上がって再び歌劇団がテントを設営した場所に向かう。
こういう時はさっさと従順なフリをして男から離れていくのが1番いい。
だからといって仕事しないとヤバイ目に遭うのでちゃんと仕事はする。
「あら?
先ほどの……」
用事がなければどこかに行くこともない。
当然のようにそこにはミュコがいた。
短い時間なのに今度は頬を腫らしていることに気がつく。
「触れても大丈夫かしら?」
「おやめください……」
具合を確かめようと伸ばされたミュコの手をジは顔を逸らしてかわす。
触られたって痛いだけだし、惨めな気持ちになるだけだ。
少しミュコが悲しそうな顔をするけど目も合わせられないジはそれに気づかない。
「団長様はいらっしゃいますか?」
「父でしたらあちらのテントに」
「ありがとうございます」
「あっ……」
何か言いたげなことには気づいたけど何なのか聞く勇気もなくてニージャッドのいるテントに行った。
いくつか細かい希望を聞いてジはまた商会に戻っていった。
ーーーーー
「お腹すいたなぁ」
ジはテントがよく見えるところに突っ立っていた。
暇だからではない。
これも立派な仕事。
町中とはいっても安全とは限らない。
襲いかかるような連中はいなくても泥棒に入ろうとする奴ぐらいはいるかもしれない。
ニージャッドの要望を伝えたジに下された次なる命令が見張りをしていろというものだった。
別にバレないし帰ればいいとか適度にサボればいいのだけど不思議なことにそうした時に限って嫌な奴が見にきたりするもの。
大体の場合ちゃんとしている時じゃなくてちゃんとしていない時に来るからタチが悪い。
怒られるならもっと前にやっときゃよかった。
もうここまで来たら意地のようなものもあって見張り続けていた。
もう日も落ちているが泥棒が入るならこれからの時間だ。
「これどうぞ」
「えっ、わっ!」
「わわっ、ビックリした!」
長時間の見張りで疲れているし眠くて、お腹も空いてきていてぼんやりしていた。
横から急に手が伸びてきてジは驚き、驚いたジにミュコが驚いた。
「あ、ごめんなさい!」
「また驚かせちゃったね。
こちらこそごめんなさい」
「俺がぼーっとしてたのが悪いんです」
「ならお互い様ですね」
そう言ってミュコは何かの包みをジに差し出した。
「これは何ですか?」
紙の包みで中身はぼんやりした頭では予想ができない。
「食べ物です。
お昼ぐらいから見守ってくれている……んですよね?」
中には興味を持って寄ってくる野次馬もいる。
そうした人にも頭を下げて丁寧に帰ってもらっているジの姿をミュコは見ていた。
真面目で悪い人ではない。
仕事が遅くて殴られたなんて言ってたけどそんな人にも見えなかった。
「そんな……悪いですよ」
「でも作っちゃったし私はこの時間に食べないからこのままじゃ捨てられちゃうよ?
もったいなくない?」
「もったいないとは思うけど……」
「じゃあ食べて!」
無理矢理手に紙包みを握らされる。
「あ、ありがとうございます……」
ここで初めてミュコとまともに目があった。
ミュコはニコッと笑うと少しジから離れて剣を抜いた。
何をするんだろうと眺めているとミュコはゆっくりと舞を踊り始めた。
「何だか眠れなくて」
これまで色々なところに移動して数え切れないほど公演してきた。
だけど初めての国で初めての公演をする。
しかも南の諸国なら国が違っても趣味嗜好は近いことが多いけどここまで来ると少し傾向は異なってくる。
初めての人の前で公演することの不安、失敗することの不安、受け入れられるかの不安など様々なことが寝ようしているのに頭に浮かんできて眠りを邪魔する。
だから少し体を動かそうと思った。
テントを出たらいまだに同じところで見張ってくれているジがいたのでこっそりと食べ物を持ってきた。
包みを開けてみるとパンに適当に具材を挟んである。
パンをかじりながらミュコを眺める。
月明かりに照らされてキラキラと剣が光って綺麗だった。
パンを食べ終えてもミュコはゆったりと舞っている。
ずっと立ちっぱなしでお腹も満ちて動きたくなった。
何だかミュコの動きが綺麗で、舞っている時の表情も楽しそうで自分もやってみたくなった。
近くにあった棒を取ってミュコのマネをして振り回してみた。
舞なんてとても言えないヘッタクソで無様な動き。
すぐに足がもつれてジは転んでしまう。
「ふふふっ」
「……痛い」
「あっ、笑ってごめんね。
落ち込まないで、私も最初はよく転んだものだよ」
クスクスと笑ってミュコがジに手を差し出した。
笑っているけどそれはバカにするような笑いじゃなかった。
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