未来の舞姫1

 娘が怪しい。

 ニージャッドは悩ましげに地面を睨みつけるように見つめていた。


「団長どうなさいましたか?」


 テレンシア歌劇団のエースであるソリャンが腰を曲げて下からニージャッドの顔を覗き込む。

 綺麗な金髪をたなびかせる若い踊り子で元は旅芸人で父親と一緒にあちこち回っていたところにニージャッドの誘いを受けて入団した。


 テレンシア歌劇団の活動領域であった南の国々ではソリャン個人のファンもいる。

 ニージャッドは才能を見抜く目を持っている。


 さらにかなり人も良くて小さな不義理も見逃せなく、困っている人を助けてしまう性格。

 テレンシア歌劇団は元は小さくて路上で少しばかりパフォーマンスをするような集団だった。


 ニージャッドが才能がありながらもそれが開花しないで困っている人を引き抜いて集めて大きくなったのが今のテレンシア歌劇団なのである。

 人も増えたしニージャッドが頭を悩ませることも増えた。


「いや……ミュコがな」


 今は劇団員で公演のための練習をしているところであった。

 しかしそこにミュコの姿はない。


 最近ミュコの様子がおかしいとニージャッドは思っていた。

 ボーッと空を見つめて何かを考え込んではため息をついたりしている。


 急にイライラしたり目をつぶって手をゆらゆら動かしたりして何かの動きを考えているように見えた。

 朝早く出かけて行って疲れ果てて帰ってきたり、ニコニコして帰ってきたりもする。


 怪しいところに行っているのではなく雇い主であるジという少年と会っているようなことは分かっている。

 友達が出来たのは良いことだけど練習にも来ないで何をしているのか。


 ただ全く剣舞の練習をしていないということでもなさそうでニージャッドは頭を悩ませていた。

 まさかそんな関係に……なんてことも考えて眉間にシワが寄る。


「ミュコちゃんですか?


 最近明るくなりましたよね」


「明るく……?」


「別に今まで暗かったってわけじゃないですけど大人に囲まれて同年代の友達がいないせいでしょうか、大人びたような態度を取ることが多かったですけど最近子供っぽく笑いますよね」


 大人に囲まれて育つミュコは明るく振る舞っているが子供っぽく振る舞うということが少ない。

 まだまだ子供なのだし子供っぽく振る舞ったとて怒る大人は周りにいないけど年不相応なほどに大人っぽくあろうとしている。


 時としてそれが不安になるソリャンだけど最近は子供っぽい、年相応な感じに笑っていることがあると思った。


「それになんかあの子……雇い主の男の子と剣舞の練習してるの見ましたよ」


「ジさんと?」


「ええ」


「ミュコが教えているのか?」


「んー、どうなんでしょうか?


 私が見たときにはミュコちゃんが教えられているように見えましたけど」


「ミュコの方が教えられている……?」


「ソリャン、君の番だ」


「あっ、はーい!


 じゃあ行きますね。


 団長もそんなに悩まないでください。


 ミュコちゃんなら心配いりませんって」


 次にソリャンの練習の番が回ってきた。

 ミュコのことで悩んでいるならむしろ心配ない。


 悪いことをしているのでもないしジもミュコをそんな道に引きずり込むようには見えなかった。


「なんなら直接聞いてみればいいんじゃないですか?


 ほら、ミュコちゃん来ましたよ」


 ヒラヒラと手を振ってソリャンは待っているみんなのところに向かう。

 そこに入れ替わりでミュコが来る。


「お父さーん!」


「ん、おお、ミュコ」


「遅れてごめんなさい」


 うっすらと汗ばんでいるミュコ。

 その顔は満面の笑みを浮かべている。


「……練習に遅れて何をしていたんだ?」


「え、ええと……その」


 思いの外厳しい顔をしているニージャッドにちょっとミュコがビクッとする。

 怒っているのではない。


 でも練習に遅れることは良くないことだし何をしているのかぐらいは聞きたい。

 フレンドリーに聞くべきか威厳を見せて聞くべきか迷って怒っているような感じになってしまったのである。


「…………うん。


 言うよりも見てほしい」


「ん?」


「私もただサボってたり練習に遅れたりしたんじゃないんだ」


 大きく深呼吸して真っ直ぐにニージャッドの目を見つめ返すミュコはどこかいつもと違っているように見える。


「あ、ああ……」


 本当に何かが変わった。

 見た目は数日前と変わらないはずなのになぜなのか少しだけミュコが大きくなったようにニージャッドには感じられた。


 今練習のために借りている劇場のステージではソリャンが練習している。

 ソリャンは床に着くほど長いヒラヒラとした袖を華麗に舞い上がらせてゆったりと踊っている。


「……友達とは、どうだ?」


 仕方ないとはいえどこかに留まる時間が短く色々と移動しているのでミュコには苦労をかけている。

 本当なら友達を作って遊びたい年頃なのはニージャッドも理解している。


 今回はいつもと違う土地に行くこともあって長めに時間を取っていて、ジが友達を紹介してくれている。

 ソリャンも明るくなったと言っていたし今もミュコに良い変化が起きていそうな予感がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る