食うか、食われるか2

「俺にも見せてくれよ」


「むぅ……やっぱ誰にも見せない!」


 なんてことないと思ってたのに何故か人前で踊ることが急激に恥ずかしくなった。

 人前というよりジとライナスの前。


 期待されると逆に恥ずかしくなるのだ。


「エが踊るってんなら俺はドレスぐらいプレゼントするぞ」


「……ドレスは欲しいけど踊らない」


「じゃあ俺は靴でも贈るか」


「……うぅ〜なんなんのよー!」


 顔を真っ赤にするエをからかうジとライナス。

 本当に踊ってくれるならドレスや靴くらいは贈っても全然良いと顔を見合わせて笑う。


「そろそろ駐屯地に着きます。


 まだ日が高いので泊まりはしませんが食料の一部を下ろしていきます」


「分かりました」


 馬に乗った騎士のキャラッグが馬車に近づいてジに報告する。

 スキムットまで距離があるので途中魔物の動向や出歩いている人がいないかなどの監視のために小規模の部隊が留まる駐屯地がある。


 と言ってもテントを張ってあるだけで御大層なものじゃない。

 だから保有している食料も少なく近くの町に買いに行ったりもするのだけど今は食料の供給が町でも悪くて食料が足りていない。


「ん……?」


 キャラッグが違和感に気づいた。

 見えてきたテント群。


 駐屯地だ。

 それそのものは何もおかしな光景ではない。


「全員止まるんだ」


 キャラッグが一行に制止をかける。


「どうかしましたか?」


 ジが窓から顔を出して外の様子を伺う。

 駐屯地のテントが見えるだけで止まるような理由はない。


「人がいません」


「人ですか?」


「例え見回りに出ているとしても何人かは残って見張りなりしているはずです。


 なのにあそこには人が見えないのです」


 厳しく見張る上官がいないなら見張り業務ぐらいサボることはある。

 見回りで人が少ない時にちょっと出来心で見張りに立たないなんてよくある話だ。


 しかし基本的に駐屯地での行動は他でも同じで今は見回りの時間ではない。

 ならば人がいるはず。


 それなのに1人の影すら見えない。

 ものの見事に全員サボってテントで寝ているか、何か問題が起きて全員出動しているか、駐屯地に何かがあったか。


 全員サボって姿も見えないようなサボり方をしていたら問題は問題だけどその可能性はまずない。

 となると駐屯地で問題が起きているか、どこかで問題が起きて居ないかだ。


「全員武器を構えて警戒。


 陣形を組んで慎重に前進する。


 馬車は一度ここに留めてください」


「ついて行った方がいいですかね?」


「……ご判断はお任せします」


 一緒に行くのが良いか、残るのが良いかこの場合どちらとも判断はつかない。

 残った結果に襲われることもあれば一緒に行って戦いに巻き込まれることだってある。


 責任逃れと言われても今こんな判断に時間をかけている場合ではないのでジに任せることにした。


「ユディット、馬車を止めて行くぞ」


「はい」


 ユディットはジョーリオを出して馬の首と地面を繋ぐ。

 こうすれば好き勝手に何処か行かれることはない。


 あまり良い雰囲気ではない。

 ジは剣を手に取る。


 盗賊と戦った時は普通の剣だったが今手に取ったのはレーヴィン。

 エスタルにもらった真白な魔剣である。


 まだもうちょっと大きくなってから使おうと思っていたけど外に出るので持ってきた。

 不穏な気配がしているから魔剣を持っておく。


 温存しておいて後悔することになるのは嫌だから。


「なんだよ、それ!」


「いいだろぉ?」


「スッゲェじゃん!


 うらやまー!」


 ジが剣を抜くと真っ白な魔力に包まれた真っ白な剣身が姿を表す。

 美しき魔剣を目にして驚き、キラキラと目を輝かせてレーヴィンに見入っている。


「ライナス!


 警戒を怠るな!」


「す、すいません……」

 

 ジは兵士でもない部外者だから仕方ないがライナスは兵士である。

 キャラッグも魔剣をしっかりと眺めたい気持ちはあるけどそれは今ではない。


 風の音しかしない。

 食い尽くされて風に揺れる草の音もない静かな平原を進んで駐屯地に近づく。


「何があったんだ……?」


 近づいてみると変わりないように見えていた駐屯地のテントもいくつか壊れて倒れたりしていた。

 人の気配はない。


 焼けたテントなど戦いの痕跡や血痕は見られる。

 仮に戦いがあって敗北したにしてもおかしい。


 死体がない。

 地面に広がった血の量を見れば相当重症な者がいるはずだ。


 勝って治療のためにどこかに連れて行くにも残っている者がいるはずであるのに。

 誰もいないことを説明できる理由が思いつかない。


 テントの中も確認するが人っ子1人いない。


「……大丈夫か?」


「う、うん」


 薄気味悪い状況にエが不安そうな顔をしている。

 魔法を使うエは陣形の後方に位置していて、お客となるジも陣形を乱さないように後ろに下がっていた。


「いざとなれば守ってやるから」


「うん……あんがと」


「ほんと何があったのか訳分かんないな……」


 よく見るとすごい違和感がある。

 荷物は置きっぱなし。


 だけど食料品が一切残っていない。

 装備品も残っている。


 剣や鎧といった身につけているべき装備品が至る所に転がっていた。

 食べ物と人だけが忽然と消えてしまったみたいだ。

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