甘えるのもワガママも6

「そう、あなた良い人ね」


 ポッと頬を染めるヘンバー。


「あ、アハハ、すいません。


 変わり者の娘で……」


 完全に失敗したとブリジオは思った。

 顔合わせだけして済ませればよかったのに余計な欲をかいた。


 思っていたよりもジの観察眼が優れていた。

 手にタコができるほど剣を鍛錬する娘を誰がよく思うか。


 ブリジオは娘の強い希望でいつか飽きるだろうと仕方なく剣を習わせたがヘンバーは真面目に剣の鍛錬を続けていた。

 貴族子息からははしたないだのと言われることもあるがヘンバーは一切気にしていないように見えた。


 ブリジオとしてはどこか良いところに嫁に行って幸せに暮らしてくれればと思っているのだけど。


「そ、それでは失礼します……」


 何も正妻にこだわることもない。

 四大貴族と繋がりもある商会の商会長であるジなら今後さらに軌道に乗れば妻の2人や3人を養うことだってできるはず。


 相手がみそめてくれればの話ではある。

 今回は押しすぎずにここらで退いておこうとブリジオは何回か頭を下げながら他へ挨拶に向かう。


「ああいった話も今後増えるかもな」


「やめてください……」


「ふん、お前は身分こそ今はないが将来性を考えると優良だ。


 貴族になりたいだなんて特に考えちゃいない商人たちはお前を取り込もうと目をぎらつかせていることだろうよ」


「分かってはいますが望まない嫁取りはしませんよ」


 未婚の男性を取り込んだり縁を結ぶにはやはり婚姻が方法として強い。

 簡単には切れず親戚関係になるなんてスゴいカードだ。


 昔からよくある方法だけどまさか自分がそんなことを仕掛けられるとは何があるか分からないものである。

 まだ貧民身分だからいいけど貴族身分なんかになったらそんなお見合い話が殺到することだろう。


「タとケでも娶っておけばいい。


 2人なら良い嫁になるだろう」


 誰かに手を出されるぐらいならジがもらってくれればグルゼイとしては安心。

 珍しく気が利いているとタとケが笑顔でジを見上げる。


「それはダメだと思います」


「なんでヘレンゼールさんが?」


「いえ……まだ3人ともお若いですし、特にタとケの2人はまだ結婚するなどというのは早いでしょう」


 そこに口を出したのはヘレンゼール。

 なんなら自分が娘として引き取って一生養うなんて言いそうな雰囲気すらある。


「早くないー!」


「ジ兄と結婚するー!」


「なっ……!」


 ショックを受けたご様子のヘレンゼール。

 なぜあなたがショック受ける。


「……ジさん、パパと……」


「嫌です」


 何を考えてるんだこの人。

 でもヘレンゼールが良くて、タとケがまともな身分を手に入れたいというのならヘレンゼールの養子になるなんてこともなくはないことである。


 貧民と貴族では一般的な方法ではないがタとケほど優れた容姿を持っているなら全然アリ。


「ええと、フィオス商会長のジ、さん」


「……あ、カルヴァン・オズドゥードル大公爵様とその御子息ユダリカさんですね」


 声をかけられて振り返り、ユダリカが目に入ったからなんだその話し方と思ったがすぐにその後ろにいるカルヴァンに気がついた。

 ジもユダリカの困ったような目を見てすぐに丁寧な態度を取る。


「固い挨拶はよい。


 ユダリカと友人であることは知っている。


 君の商才については北部の吹雪にも負けず広まっていて噂に聞いている」


「北方大公様に知っていただけているとは光栄の極みでございます」


「同じ年頃の子だと私の顔を見るとひどく緊張するか怖がるかなのに流石は新進気鋭の商人だな」


 もっと厳しくて冷たい人を想像していたのにこう褒められるとどうしていいか分からなくなる。

 表情こそ大きく変化はないが目を見ると思ったほど冷たくもない。


「今後とも息子と仲良くしてくれ」


「はい。


 俺もそうするつもりです」


「ふっふっ……良い友人を見つけたようだな。


 それでは他にも挨拶回りがあるから失礼する。


 ユダリカはご友人と時間を過ごすと良い」


「はい、父上」


 そう言ってカルヴァンは軽く微笑んだ。

 中々姿を見せない北方大公と話したい人は大勢いる。


 カルヴァンは大人の社交へと向かっていった。


「ふはぁ……」


 ユダリカは大きくため息をついた。

 父親の前では1秒たりとも気が抜けないのでかなり体に力が入っていた。


「一体どうしたんだよ?」


 ユダリカのことを聞いたというよりもユダリカの父親であるカルヴァンが来たことについて聞いた。


「リンデランさん、俺にも招待状くれたんだけどご丁寧に家の方にも送ったみたいなんだ」


 リンデランのことだからそこは納得できる。


「ただそっからは分かんないんだ……なんで父上がここに来ることに決めたのか。


 普段なら絶対に来ないのに……」


 ユダリカですらなぜ来たのか分からない。

 理由を聞くのも、父親になんで来たんですかと質問するのも気が引けてしまう。


「なんなら代わりにプレゼントも用意してたしな。


 あの女……弟の母親がそんなこと許すはずないのに」


 この場で1番驚いているのはユダリカの方かもしれない。


「ここで何言っても分かることはないし、なんか食べようぜ」


「そーだな。


 せっかくだしタとケも楽しんでおいたらいい」


「うん!」


「そうする!」


 会場は子供が多い関係でビュッフェ形式で自由に楽しめる形になっている。

 ジとタとケとユダリカは料理を取りに向かい、ヘレンゼールはその後ろをついていく。


 グルゼイはお酒の入ったグラスをもらって壁に寄りかかってチビチビと飲んでいる。

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