甘えるのもワガママも4

 貴族にしては誰も知らないし、だからといって誰も止めもしない。

 ジを見て優しく微笑むリンデラン。


 周りの同じ年頃の男どもはジよりもそんなリンデランに惚けてしまって骨抜きにされている。

 実はジを見つけて必死に緩みそうな顔を引き締めてのぎりぎりの微笑みだったのはリンデランしか知らないことである。


 敬愛の挨拶としてジは膝をついてリンデランの手の甲に唇を近づける。

 手の甲につくかつかないかで止めたのだけどリンデランが手を動かしたので結局キスすることになってしまった。


「フィオス商会の商会長ジが代表してご挨拶させていただきます。


 日頃……」


「そういう堅苦しいのは私たちの間ではナシです」


「な、ナシって……」


「みなさんも聞いていませんし、堅い挨拶はしたことにしちゃいましょう?」


「それでいいなら……」


 パーティーの主賓がそう言うならジも逆らいはすまい。

 タとケも前に出て挨拶する。


 この3人が揃うとその場が輝いているようにすら見える。


「よく、来てくれましたね。


 凄く嬉しいです」


「もちろんさ、大切な友達だからな」


「大切……ですか?」


「ん?


 ああ、そうだぞ」


「そうですか……えへへ」


「こちらが贈り物です」


 ジが言うまでもなくヘレンゼールがプレゼントを差し出す。

 プレゼントを全部その場で開けていては日が暮れてしまう。


 なのでプレゼントは全部開けるものでもない。

 最初の何組かだけ確認して後は受け取るだけで後で確認するのだ。


 ジはなんと2組目。

 モロ確認される順番だった。


 プレゼントするものだし見るのやめてくれとは言えないのでちょっと緊張する。

 そんな貴族様があげるようなプレゼントでもないからね。


「これは……エプロン、ですか?」


 女の子にプレゼントとして何がいいかって難しい。

 成人の野郎ならとにかく酒渡しとけばそれなりの面目は立つけど未成年の女の子に酒は渡せない。


 かつタとケもリンデランに何かあげたいってなった時にエプロンっていう結論になった。


 真っ黒な布地で出来たエプロンは裾の方にカーバンクルとリンデランの名前の刺繍が入っている。

 布用意はジで刺繍がタとケ。


 ファフナとモデルとしてエスタルにご協力いただいた。

 布だってただの布じゃない。


 断熱防炎のパロモリ液をたっぷりと使用した防炎布なのだ。

 防炎布といってもいつまで経っても炎を防げる代物でもないけど料理中のちょっとした火や炎上した鍋にかぶせて鎮火させるぐらいならそんなにへこたれない。


 黒なのはパロモリ液の赤茶けた可愛くない色が目立たないようにするためだ。

 いっそのことパロモリ液より暗ければパロモリ液の色は分からない。


 ただの黒だと味気ないのでそこに双子ちゃんがファフナに教えてもらい、エスタルにカーバンクルの姿でモデルとなってもらって刺繍したのだ。

 なんなら炎を扱う魔法使い相手なら有利を取れるぐらいの耐火性はある。


「メデリーズ」


「刺繍しました」


「ふへへ……ありがとうございます」


 あれはなんだと会場がざわつく。

 ただのエプロンなはずはない……魔道具かなんて声も聞こえる。


 ほぼほぼただのエプロン。

 フィオス商会の未来の新商品。


 まだ発売の予定はないので希少、貴重ではある。


 リンデランが嬉しそうにエプロンを抱える。

 嬉しそうにしているので良いものなのだろうと周りは考えた。


「俺からはまた別にこれを贈ろう」


「おじ様からもですか?」


「いつも弟子がお世話になっているからな。


 俺も貧乏人だからロクなものは用意できないがな」


 グルゼイも懐から小さい箱を取り出してリンデランに渡した。

 リンデランが箱を開けると中には木像が入っていた。


「これはなんですか?」


「蛇だ。


 木を彫って作ったものだ」


 木で出来た手のひらほどの大きさの蛇の像。

 体はトグロを巻いていて顔は穏やかに笑っているようにも見える。


「とある国では蛇が守り神らしい。


 なんでもドラゴンが蛇に擬態して悪い魔物から人を守ってくれた逸話があって以来その国では蛇が人を魔物から守ってくれる守り神なんだ。


 だからこれもお守りだ。


 気に入ったら部屋の隅にでも飾ってくれ」


 最近せっせと何かしていると思っていたらそんなものを作っていたのかと驚く。

 見てみると思いの外意匠が細かい。


「そして今回のはそれだけじゃない。


 尻尾の先のそれ」


「これですね、気になっていました」


 頭とは逆の方、緩やかに伸びた尻尾の先に丸いものが乗っている。

 何なのかリンデランも疑問に思っていた。


「スライムだよ」


「スライム……ですか?」


「そうだよ。


 君にとってはこちらの方が守り神に近いだろうと思ってな」


「ふふっ、ありがとうございます。


 大切にしますね」


「いいさ、こんなもの。


 適当に置いといてくれればそれでいい」


「そんなことしません!」


 プレゼントも渡し終えた。

 あまり長く話し込む場面じゃないので適当なところで切り上げる。


「今日はよく来てくれたな」


 パージヴェルがジと握手を交わす。

 ヘギウスとしてちゃんと招待したお客だと周りにもこれで伝わる。


「はぁ……緊張した」


「おい、あれユダリカのボウズじゃねえか」

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