マザーズダンスレッスン2

「いや、俺踊れないぞ?」


 しかし貴族的常識なんて知らないジ。

 当然踊れもしないので難色を示す。


「……ダメです」


「えっ?」


「2番目はジ君じゃないと嫌です」


「嫌ったって……」


 踊れないのだからしょうがない。

 貴族のダンスがどんなものか知らないけどジが知っているダンスとは違うだろう。


 酒に酔ったオッサンが酒場で周りを盛り上げるような爆笑飛び交う踊りなんか比べちゃいけないはずだ。


「じゃあこの間言っていたお願いこれにします!


 私とペアで踊ることがプレゼントです!」


「なにぃ?」


「ちゃんとお礼するつもりだって前に言ってました!」


「言ってたけどそれは物的な……」


「ジ君と踊りたい……そんなささやかなお願いもダメですか?」


 ウルルと上目遣いでジを見つめるリンデラン。

 ダンスが大変なことはわかっているのでささやかとは言い切れない願いじゃないかなと思うがこんな風にお願いされて断れるはずもなし。


「……分かったよ。


 せめて期間が短いからダンスの種類は教えてくれ」


「本当ですか!


 ありがとうございます!


 はい、もう一口どうぞ」


「ん、ありがとう……」


 一口どころかジにパクパクと食べさせるリンデラン。


「ほっほっ……うちの雇い主はおモテになられる」


 英雄色を好むと言う。

 戦いで功をあげるばかりが英雄でない。


 間違いなく貧民街に生まれた英雄と言っていいほどの才能がある。

 英雄がモテるのはしょうがなく、そして英雄が色を好むのも当然の話。


 別に多妻を禁じられているのでもないのでいいだろう。

 そうファフナは笑顔を浮かべていた。


 少なくともタとケを泣かさなきゃいい。

 泣かしたら容赦はしないけど。


 ーーーーー


 まずダンスを習う相手を見つけねばならない。

 貴族であれば知り合いの貴族とかダンスの先生とかどこかしらにツテがあるものだけどジにはない。


 そこで考えたのがアカデミーだった。

 ツテがないとか実際に異性と踊るのにぶっつけ本番にならなくてもいいようにアカデミーにもダンスの授業はある。


 けれど少し考えてやめた。

 なぜならジのことをごまかすことができないからだ。


 普通の授業なら隣に座っても別に隣の相手のことをそんなに気にはしない。

 したとしても身分を問いただしたり家名を聞き出すようなことはしない。


 互いの家を知らなくても問題がない。

 しかしダンスのレッスンとなるとそうもいかない。


 ダンスするために正対し合い、多少なりとも体を触れ合うことが必要となる。

 そこで全くダンスのできないジが入っていけば必ず浮いて見えてしまう。


 目立つことこの上なく、その正体が気になってしまうだろう。

 ただでさえリンデランやウルシュナと仲が良いことで若干視線を浴びることがあるのにこれ以上悪目立ちはしたくない。


「頼ってくれて嬉しいわ」


 ということでオロネアに相談してみたのだ。

 なんか上手くごまかしつつ潜り込める方法でもないかと思っての相談だった。


「なるほどね。


 なら私が教えてあげましょう。


 こう見えてもダンスは得意なんですよ」


 目立たず、しかもそれなりに事情も知っているオロネアに教えてもらう。

 選択肢としてはかなり良いもの。


 アカデミーの学長にダンスレッスンしてもらうなんて経験は他の人じゃきっと一生ない。


「ただし」


「た、ただし?」


 流石に忙しい学長を捕まえてなんの条件もなしとはいかない。

 多少のことなら受け入れるつもりのジ。


「ダンスを教えている最中は先生……ではなくてお母さんと呼んでください」


「お、おかあ……えっ?」


「だってジ君いつまで経っても呼んでくれませんもの」


「そりゃあ……だって」


 お母さんではないからね。

 母的な存在になろうとしてくれているのは理解するけど軽々しくお母さんと呼べるほどの仲でもない。


 養子の件は断ったわけだしお母さんと呼びはしなかった。

 だがオロネアは諦めない。


 もうなんか養子になるとかとりあえずいいからジにお母さんと呼んでほしいと最近思っていた。

 それで2、3歳若返る気がする。


「それだけでタダでダンスのレッスンが受けられるのですよ?


 ほら、お母さん」


「ぬ……う……」


 女性とはこういうものなのだろうか。

 過去ではあまり大きく関わりを持ってこなかったので知らないけど今関わりのある女性は割とジが断りにくいように上手くやってくる。


 うまーく手のひらの上で転がされているなと思う時が結構ある。

 なんだかんだでジもそれを受け入れるから悪いのかもしれないが上手い断り方も分からない。


 こんなことを相談できそうなマトモな婚姻関係にある男性もいない。

 強いてあげるならルシウスだろうか。


 次点でパージヴェルか。

 ただどっちも偉い貴族なので参考にできるのかも不明だが。


 相談するまでもなく2人とも尻に敷かれている感じがするし。


「お、お母さ……ん」


「うふっ……」


 オロネア嬉しそう。

 ジ、珍しく赤面。


 お母さんと呼ぶだけでこんな恥ずかしいなんて思いもしなかった。


「私が責任を持ってあなたを社交界一のダンスマスターにしましょう!」


「軽く踊れればいいんですけど……」


「ダメよ!


 美しく踊ることは相手の女性を引き立てることにも繋がるの。

 たかがダンスだと思って手を抜く男子もいるけどダンスが上手いだけで身体能力やリズム感だけでなくダンスを学ぶ勤勉さ、ダンス相手への思いやり、教養の高さまで分かるのよ」


 そんなたくさんのことがダンスで分かるはずがない。

 ジは納得いかないがダンスの先生のお言葉なので渋い顔をしながらもうなずいておく。

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