長持ちしてくれればいいな1

「実験します」


「はい、実験!」


 助手にキーケックを引き連れてジは自宅の斜め向かいの家にいた。

 この家も人が住んでいたのだけどジが買い取った。


 正確にはフィオス商会が買い取ったので商会のものである。

 クトゥワも商会に加わることになり研究資料の保管や研究のためにはまたどこか場所が必要だと思っていた。


 平民街にどっかいい場所でもと思っていたら斜め向かいの家に住む若い男性住人から田舎で職を探すので家が空くから買わないかと声がけがあった。

 田舎に移住する資金が欲しい男とお向かいさんほどの近いところなら家も欲しいジの思惑が一致した。

 

 これではジが周辺を買い漁っているみたいだけどほとんどその通りなので周りの目は気にしない。

 クトゥワによると今のところそんなに場所が必要な実験を行う予定もなく、自由に使っていい家を貰えるだけでありがたいと泣いていたのでそこに住むことになった。


 キーケックもそこに住んでいる。

 アカデミーからそんなに近いわけでもないけど授業の方は心配ないからここに住んでいても大丈夫なようだ。


 父親の側に居ることのできる方がいいみたいだ。


 ほんの少しだけユダリカもここに移住するなんて言い出すのではないかとヒヤヒヤしたけどそんなことはなかった。

 そんなクトゥワ家の一室にてジは実験を行おうと思っていた。


 部屋は孤児院の職人見習いの子供たちによって少し手を加えてもらっている。

 部屋の四隅には四角い箱。


 その中には並々と水が注がれている。


「そして本日のゲストはリンデラン」


「リンデラン!」


「誰に紹介しているんですか?」


 そして部屋にはもう1人、リンデランもいた。

 今日の実験にはリンデランの存在が欠かせないのである。


「むぅ……」


「り、リンデランさん?」


 なんかすごい不機嫌そうなリンデラン。

 さっきまで機嫌良さそうだったのにとジは理由も分からなくて困惑する。


「どうしてそんなに不機嫌に……?」


「なんでもありません!」


 家に来てくれないかなんて誘われたからちょっと期待した。

 勝手に期待してちょっとだけオシャレして来てみたらこんなだったから勝手にショックを受けたのだ。


 ジも説明したのだけど他の人に聞かれると邪魔が入ると思って早めにサラッと受けてしまった。

 そこら辺はジが人気なのが悪い。


「ジ、褒める!」


「褒める?」


「リンデラン、褒める!」


 キーケックがジにコソッと耳打ちする。


「いつもより可愛い」


「えっ?」


「褒めの基本。


 可愛いって褒める」


 キーケックは何も魔物関連の本ばかり読んでいるのではない。

 割と本であればなんでも読む。


 恋愛小説も流行りのものは図書館に納められたりするのでキーケックはそんなものも読んだりしていた。

 女の子の機嫌を取るためにはしっかり褒めることが大事。


 本で聞き齧った知識だけど何も気づいてなさそうなジよりはよほどキーケックの方がよく気が回った。


「そういえば、さ」


「なんですか?」


「なんかこう……いつもと違ってて、その可愛いな」


「……もう!


 いきなり…………何ですか」


「今日も来てくれてありがとう。


 本当助かったよ」


「……ジ君のためならいつでも駆けつけますから。


 いつでも呼んでください」


 突然の褒め。

 予想だにしなかったちょっと照れたようなジの褒め言葉にリンデランもまんざらではない。


「ふふふっ……的確なアドバイス」


 1人ほくそ笑むキーケック。


「それで今日は何をするんですか?」


「今日は冷凍保存実験だ!」


「れいとー?」


「うん」


 キックコッコのモンスターパニックのおかげで鶏肉が世の中に溢れかえった。

 もちろんジたちのところにもたくさんの鶏肉がある。


 けれども鶏肉はそのままで長期保存ができない。


 さらに、鶏肉の値段が急激に下がったために他の食料品も保存が効くもの以外は値段を下げざるを得なかった。

 そこでジは普段買えない食材を買ったり買いだめのついでに食料品を保存する実験をすることにした。


 そこで部屋を丸っと冷蔵室や冷凍室としてみることにした。

 一室を2つに区切って右を冷蔵室、左を冷凍室とする。


 何をどう保存するのがいいのか分からないのでとりあえず実験するのだ。


「そこで氷の魔法の天才であるリンデランに手伝ってほしくてな」


「天才ってそんな……」


 見えすいた褒め言葉だけど全くそう思っていないのにそう言いはしない。

 リンデランもそれは分かっているからちょっと照れる。


 本当にリンデランを見ていて思うのは過去のことだけどこれほどの才能をあのような事件で失ってしまうのは惜しいことであった。


「な、何をやればいいんですか……」


 このまま見られていると溶けてしまいそう。

 モジモジとリンデランが切り出す。


「たっくさん凍らせて欲しい」


「たっくさん、ですか」


「うん細かい感じはキーケックが決めてくれてるからそれに応じてやってほしいんだ」


「ふーん……」


「えっ、なに?」


 リンデランなら快く引き受けてくれると思ったのに考え込むような素振りを見せる。


「タダで、ですか?」


「いや、それはちゃんとお礼するつもりだけど……」


 お礼の中身まではまだ思いついていないけどただやらせるだけなんてことはしない。

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