蹴りも極めりゃ強くなる5
毒に耐えるのに体力は使うしどんな毒にも同じく強いなんてこともまずあり得ない。
だから多種多様な毒を使って相手を弱らせるのもグルゼイのやり方なのだけどグルゼイは今毒を使っていない。
真正面から蹴りで戦ってくるデカキックコッコにある種の敬意を払っていた。
魔物でありながら真っ直ぐな戦い。
だからただただ相手に勝つため毒を使った戦いはしていないけれど力を尽くして戦っている。
「な、なんだ!?」
「やれ!
ここにまとまってるぞ!」
悲鳴に近いキックコッコの声。
見ると取り巻きキックコッコの方に冒険者が来ていた。
たまたま近くにいたのかデカキックコッコを探しに来たのかは分からないが固まって集団でいる取り巻きキックコッコを見つけた。
「なんだこのデカイの!?」
「な、デカキックコッコ!?」
剣を振り上げ取り巻きキックコッコを切ろうとする冒険者の前にデカキックコッコが割り込む。
翼を広げて取り巻きキックコッコを包み込むようにして守る。
そのまま剣を振り下ろす冒険者。
ズバッとデカキックコッコの背中が切り裂かれる。
しかしデカキックコッコは取り巻きキックコッコに心配をかけまいと苦痛に歪んだ表情すら浮かべない。
そんなに浅くない傷なのにデカキックコッコは取り巻きキックコッコが無事でむしろ安心したような目をしている
「さっさと倒しちまえ……」
「お前ら何をしている!」
声に魔力を込めた大喝。
向けられた冒険者たちの剣が止まっただけでなくジたちすらもびくりと体が震えてしまう。
「な、何って……魔物を倒そうと」
「人が戦っている魔物に手を出すのはご法度だ!
今は俺たちがそこの魔物と戦っているだろう!」
取り巻きの方は実際戦っていたと主張するには怪しい。
ただ取り巻きの方に手を出したからデカキックコッコとの戦いを邪魔されたとは言える。
冒険者の基本として危機的状況や請われたのでもない限りは魔物と戦っているところを横取りしてはいけないマナーがある。
魔物と戦う時に周りを確認するのは戦う場所や相手の数の把握だけではなくそうしたすでに戦っている人がいないかの確認の意味もあるのだ。
キックコッコが固まっているからと確認もせずに襲いかかってきた冒険者たちはマナー違反である。
「ガキ連れてそんなの戦うなら助けだっているだろ……」
「基本的なマナーすらなっていない馬鹿者の助けなんかいるはずないだろう!
言い訳ばかり並べたてやがって!」
「ちょ……!
師匠それはまずいですって!」
剣を振り上げるグルゼイ。
しかしその矛先は冒険者たちの方だ。
「は、早く逃げろ!
俺が抑えている間に!」
「放せ!」
ジがグルゼイの腕に飛びついて止める。
ブンブンと振り回されるジと鬼のような形相のグルゼイ。
冒険者たちは上手く状況を飲み込めない。
「えっ……」
「早く!
長くは持たないかもしれない!」
「わ、悪い!」
逃げ出す冒険者たち。
「ふぅ……もういいだろう」
「師匠……なんなんですか!」
「ふん、お前なら上手くやってくれると信じていたさ」
茶番劇。
ユダリカとユディットとキーケックは訳も分からず顔を見合わせる。
グルゼイは冷静だった。
怒ってはいたけれど本気で多少の周りが見えていなくて邪魔をしたぐらいで切り殺したりはしない。
声を上げながら剣を持たない手で合図を送っていたことにジは気がついた。
どうするつもりなのかまでは知りようもないのでその場でグルゼイに合わせた。
グルゼイがいきなり剣を振り回して暴れる狂人になったが冒険者を追い払うという目的は達せられた。
「さて……」
グルゼイはデカキックコッコに視線を向けた。
翼を広げて取り巻きキックコッコを守るようにしている。
傷は深く、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
心配そうな顔をしている取り巻きキックコッコ。
「コケ……(お前ら……)」
「ヤツらよりよっぽど出来ているな……」
意を決したように取り巻きキックコッコの1匹がデカキックコッコの前に出てきてグルゼイを睨みつける。
すると取り巻きキックコッコたちが続々前に出て今度は取り巻きキックコッコの方がデカキックコッコを守る。
それぞれがそれぞれを守ろうとしている。
「ふん……」
「師匠?」
「あのバカどもに水を差されてやる気が削がれた」
剣を納めるグルゼイ。
驚いたようにデカキックコッコがグルゼイを見つめている。
「もう卵を乱雑に産ませることはやめてここを立ち去るんだ。
静かに、大人しく暮らせ」
悪いキックコッコではない。
ただデカキックコッコは仲間、あるいは自分のつがいたちを守っていたのだ。
想う誰かを守ること。
グルゼイにもそんな熱い気持ちがあった時もある。
「フィオス」
ジはフィオスを呼び出した。
「ええと……危害を加えるつもりはない。
分かる?」
師匠がそうするならジもそれに従う。
それにこのキックコッコならいいかなと思える。
「あっと……フィオス?」
フィオスはピョンとジの腕の中から飛び出してキックコッコたちに近づく。
「…………会話してる?」
「なんて言ってるんだ?」
「お前はゼスタリオンの言葉分かるのか?」
「んー……なんとなく言いたいことの理解はできるけどなんて言ってるかは分からないかな」
ビヨンビヨンと上下に跳ねるようにするフィオス。
そしてそれに答えるようにコケコケと鳴くデカキックコッコ。
フィオスに至っては全くの無声なのだけどなんか意思の疎通は取れているようである。
不思議。
別にこんなつもりで呼んだのじゃないけどとりあえず成り行きを見守ってみる。
「あっ」
デカキックコッコが前に出て、フィオスに背中を向けて座る。
背中は冒険者に切られてひどく裂けている。
フィオスがデカキックコッコの背中の傷に引っ付いた。
何をするんだとみんなが注目する。
するとじわじわとデカキックコッコの背中の傷が治り出した。
「おおっ!」
これぞまさしくジがやろうとしていたこと。
「お前のスライムも本当にスライムか?」
怪我を治療するスライムなんて聞いたことがない。
「俺も日頃から勉強していますからね!」
「フィオス、調べたい」
「まあ、また今度な」
程なくしてデカキックコッコの背中の傷は治ってしまう。
「コケッココケ!(感謝しよう、スライム、そしてその主人よ!)」
全快したデカキックコッコが立ち上がってジとフィオスに頭を下げた。
「コケコケ、コケッ、コケッコ(そのスライムの助言通りに俺はどこか別の場所で大人しく暮らすことにする)」
そして振り返ると取り巻きキックコッコを連れて歩き出す。
「コケ!
コケッコ!(ありがとう! さらばだ!)」
「……なんて言ってたんだ?」
「分からん。
でもなんかこれでモンスターパニック解決したのかな?」
「わっかんないですね……」
「きっとあれ、ありがとうって言った」
「そうかな?
まあまだこの辺りにいたらそのうち誰かに倒されんだろう」
それから数日後、モンスターの異常な増殖は認められなくなり、周辺のキックコッコはほとんど倒され尽くしてモンスターパニックは終了した。
デカイキックコッコを倒したという話は聞かれずデカキックコッコはどこかに行ったのだろう、そうジは思った。
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