トリトリパニック4

「ゼ、ゼスタリオン!」


 一歩間違えればキックコッコに溺れ死ぬ。

 ユダリカはとっさにワイバーンの魔獣であるゼスタリオンを呼び出した。


 みるみると大きくなっていくゼスタリオン。

 生まれた時はせいぜいフィオスを乗せる程度だったが今はもうユダリカと同じくらいのサイズになっていた。


「は、はやっ、飛べ!」


 主人の危機を素早く察したゼスタリオン。

 足でユダリカを掴むと大きく翼をはためかせて飛び上がる。


「……ジ!」


「えっ?


 ……ウワッ!」


 もうちょっと後ろにいると思ったユダリカの声がすぐ後ろで聞こえて、衝撃、浮遊感。

 ゼスタリオンに掴まれて飛んでいるのだと理解する。


「もっと高く!」


 しかしキックコッコも諦めない。

 地面を蹴り跳躍し、ゼスタリオンを追いかけようとするキックコッコまでいた。


 小さい翼を必死にばたつかせてフヨフヨと高度を上げる。

 けれどキックコッコは長く高くは飛べない。


 ゼスタリオンまで届くことなく地面に落ちていく。


「ず、ずるいぞ!」


「悪いな、2人までなんだ!」


 現在ゼスタリオンのそれぞれの足にユダリカとジが掴まっている。

 確かに二人乗りっちゃ二人乗り。


 背中に乗れば余裕はありそうかなとか思うけどユダリカの魔獣だしジは口を出さない。

 ケラケラと笑うユダリカ。


 そんな晴れ晴れした笑顔初めて見るけど結構性悪な場面である。


「ジョーリオ!」


 ユディットは自分の魔獣である巨大なクモのジョーリオを呼び出す。

 明確な捕食者にキックコッコが怯むがそれも一瞬。


「狙いはあそこだぁ!」


 ユディットが指差す先はゼスタリオン。

 ジョーリオは命令通りに糸を吐き出す。


「なっ?」


 ゼスタリオンがガクンとなってユダリカは不思議そうに上を見上げた。

 心なしかゼスタリオンの羽ばたきが早くなったような気がする。


「ん?


 ……おいっ!

 何やってんだよ!」


「二人乗りじゃなかったなぁ!」


「いや、見ろよ、絶対負担になってるだろ!


 降りろよ、バカ!」


「うるさい助けろよ!」


「それが人に物を頼む態度かよ!」


 ジョーリオの吐き出した糸はゼスタリオンの尻尾にくっついた。

 ユディットはその糸を掴んでゼスタリオンにこっそり搭乗したのだ。


 ジョーリオはまた戻しておいたけどほとんど大人のユディットは重くてまだ成長途中のゼスタリオンは苦しそう。


「お、おい、やめろ!」


「こんなもん切ってやる」


 ユダリカは剣を抜いてユディットの命綱となっている糸に伸ばす。

 今落とされたらキックコッコの波の中。


 本気かどうかも判断しかねて顔が青くなる。


「頼むって!


 お、俺を助けることはジの騎士を助けるってことだぞ!」


「むむむ……えいっ!」


「わー!」


「ふんっ、しょうがないから助けてやる」


 剣を振ったユダリカ。

 糸を切られると思ったが剣の刃ではなくて腹を当てて揺らすだけにとどめる。


 これはジのため。

 キックコッコにやられるのもかわいそうなので助けてやる。


「もうちょい頑張ってくれゼスタリオン!」


 上から見てもキックコッコは大量にいる。


「お前らぁ!」


「ししょー頑張ってー」


 1人地面をダッシュで逃げるグルゼイ。

 師匠のくせに真っ先に逃げるからこうなるのだ。


 グルゼイやスティーカーの能力では走る以外の選択肢はなかった。

 グルゼイも結構な速度で走っているのに徐々に距離が詰まっていっている。


 ジにも出来ることはなく、上から応援するだけである。


 師匠、こんなところで……

 と思っていたら大きな鳥の鳴き声が森の奥から響いてきた。


「な、なんだ?」


「キックコッコが退いていく……」


 声が聞こえた瞬間キックコッコの動きが止まった。

 そしてさっきまでの追跡がウソのように森の奥に戻っていった。


 原因が何なのかは今のところわからないけれど安全そうにはなったのでゼスタリオンは地上に降りる。


「お、お前ら……年寄りを走らせやがって……」


「年寄りというほど年も行っていないでしょう?」


 今ならキックコッコの大群も相手にできるのではないかというほど怖い目をしているグルゼイ。


「そこは師匠に譲ってお前は走るべきだろ」


「まあ俺が自ら譲れる席ではなかったので」


「出会った頃のお前はあんなに私に敬意を払ってくれていたのに……」


「今でも師匠として尊敬してますって」


 ただ最近弟子じゃなく双子優先してんのはどっちだと思うぞ。

 すっかり毒気抜かれおってに。


 ただ別に軽んじているわけじゃないのは信じて欲しい。

 ユダリカやユディットの優先が自分たちの師匠でもないグルゼイでなくてジに向いていただけなのだ。


「しかし……あれはなんですか?」


「モンスターパニック……だろうな」


「モンスターパニック?」


 ジは首を傾げた。

 過去でも戦いとは縁遠く、冒険者的な知識が欠けているのでそれが何なのか分かってなかった。


「魔物の大量発生のことだよ。


 多少の増減はどこにでもあるものだけどそれを超えた単一の魔物がいきなり大量に現れることがモンスターパニックっていう現象なんだ。


 原因も発生する魔物も様々で単純に大量発生を指すけどその中身は起きたモンスターパニックごとに違うんだ」


「さすが優等生だな」


 ジの疑問にユダリカが答える。

 普段から真面目に授業を受けているだけあってスラスラと答えが出てくる。


 グルゼイやユディットだと魔物の大量発生だ、で止まっていた。

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