ケーキ、お持ち帰りで2

 試作品の名前はおひえさん。

 実験していた時にヒスがそう冗談で呼んでいたのでそのままそう呼ばれるようになった。


「お邪魔しまーす」


 同日、時間を置いて閉店を迎えた頃合いにジは再びお店を訪れた。


「お待ちしておりました」


 今度は箱を持っていないジにフレマンは頭を下げた。


「さて、確認してみますか」


「楽しみですね」


 ジはフレマンと賭けをしていた。

 内容はシンプル。


 ジが勝てばジの希望通りケーキを持ち帰り、ジが負ければ馬車の予約を前倒しするというものだ。

 賭けにされる対象を店員さんが慎重に運んで持ってくる。


 それはジが最初に持ってきた箱であった。


「それじゃあ開けてください」


 ジはあえて箱に触れないで店員さんにやってもらう。

 それで詐欺師扱いされることなどないだろうけど余裕そうな態度を見せることでより信頼感を得られる。


 箱の上をパカっと開けるとひんやりとした空気が流れてきて店員さんが少し驚く。

 そして中を見て目を見開き、フレマンを見る。


「早く出しなさい」


 そのリアクションで結果が分かったような気もするがフレマンはまだ自分の目で確認するまでは分からない。

 店員さんが箱に手を入れ中からお皿を取り出した。


 まるでまだ作りたてのようなケーキがお皿に乗っている。


「いかがですか?」


「…………私の負けよ」


 ニヤリと笑うジ。


 ジがレディーフレマンとした賭けの内容はケーキが溶けるかどうかである。

 ジが持ってきた箱の中にケーキを入れ、店の裏に放置しておいた。


 だいぶ寒くなってきたとはいえ日中の気温は店の中よりは暖かい。

 本当ならクリームが溶けて無残な姿にケーキはなっているはずなのに箱に入れた時とほとんど変わらない姿を保っていた。


「どうやったのかしら?


 秘訣を教えてくださるかしら?」


「こちらは俺の商会の新商品候補となります。


 おひえさん……っていうのは仮の名前ですけどこんな風に箱の中で冷たさを保つことができるんです」


「冷たさを……」


 フレマンは箱の中に手を入れてみる。

 ひんやりとしていて、閉店時間を迎えて冷やすのをやめたお店の中より冷たく感じる。


 平常時のお店の冷え具合にも劣っていない。


「一体どういう仕組みでしょうか?」


 箱が1人でに冷えるとは思えない。

 何かの仕掛けがあるのだろうけどパッとみる限りはただの木の箱で冷えるような要素はない。


 魔道具にも見えないし、魔法が発動している様子もない。

 ほんのりと魔力は感じるけどその程度だ。


「レディーフレマンにだけ教えて差し上げますよ」


 軽くウインクしてみせる。

 見せるのは簡単な仕掛け。


 パロモリ液の方はまだ言うつもりはない。

 別に他の人に知られたってパロモリ液の存在はバレやしないので構わないけど特別感の演出である。


 ジは箱の中に手を突っ込んで底に開いている穴に指を入れて持ち上げる。

 箱の底の板が持ち上がる。


「なるほど……」


 箱は二重底になっていた。

 一つ目の底を取り外すと中には氷が敷き詰められていた。


 こちらの氷はレディーフレマンのお店の店員さんにご協力いただいたものだ。

 相応の時間が経っているのに氷もあまり溶けていない。


 なるほどとは言ってしまったが氷が入っているというだけではこのような高い効果は望めない。


「後の秘訣は……」


「秘訣は……?」


「秘密っ」


 イタズラっぽく笑ってみせる。

 こうしてみると子どもらしくも見えて憎たらしいものだとフレマンは苦笑いする。


「まあ俺の勝ちなので約束は守ってくれますね?」


「もちろんよ。


 私のケーキの品質が保たれるなら文句もありません。


 ただこの新商品……是非とも私が購入させていただきたいのです」


 これがあればレディーフレマンのケーキの可能性は広がる。

 これまで来ることができなかった人や体が弱く寒さに耐えられなかった人などにもケーキを食べていただくチャンスが生まれる。


 ここにそれを持ってきたということはただ見せつけるためだけじゃないはずだ。

 ケーキを購入したい体を取っているけれど目的は強烈な印象を与えるプロモーション。


 まんまとジの狙い通りになってしまったが些細なプライドで逃すには惜しい話である。


「ふふふ、完成した暁には良いお客様になってくださることに期待はしていますよ」


 しかしながらこうした小物にパロモリ液を回すにはまだ量が足りない。

 フレマンはジがあくまで商品のアピールのために来たと思っているがジの思惑は違う。


 ジの目的はケーキであって商品のアピールはそのついでであった。


「これは腕によりをかけてケーキを作らねばいけませんね」


 最近店を冷やす氷属性を扱える魔法使いたちからも不満が上がっていた。

 これがあれば人件費も抑えられるし、他の店舗の出店も視野に入れられる。

 

 ジの作る商品が正確には何なのかまだ全貌が分かっていないがとんでもない価値を秘めていて、それを見せてくれたお返しはしなくていけない。

 こうしてジは難攻不落なレディーフレマンのケーキの持ち帰りに成功したのであった。


「ここ、これ、食べてもいいですかぁ?」


「どうぞ」


「わ、わぁ!


 会長に感謝します!」


 おひえさんのお試しに使ったケーキは捨てるのはもったい。

 一応信頼感のために連れてきたメリッサ。


 その目はずっとケーキに釘付けだ。

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