弱小魔物でも2

 タとケは他の客の接客したり料理を運んだりしながらちらちらとジのことを確認している。


「好き嫌いはあるか?」


「い、いえ、特には……」


「なんか食べたい物は?」


「な、なんでも大丈夫です」


「お肉!」


「オッケー」


 ジは手を上げて今か今かと待ちわびるケを呼んだ。


「はーい!


 ご注文はなんでしょうかー!」


「アレはあるかな?」


「……アレですね?


 しょうしょーお待ちをー」


 少しだけ声のトーンを落としたジにケはニヤリと笑う。

 厨房に走っていってすぐに戻ってくる。


「あります。


 3人前でよかったですか?」


「ああ。


 あとはオススメを。


 お肉料理で……2人に作ってもらいたいな」


「本当!?」


「うん、女将さんがいいならだけど」


 いつもと双子の様子が違うことに気がついた女性の店主が奥から覗いていた。

 会話を聞いていたみたいだ。


「お客さんの希望だ。


 作ってあげな」


「はーい!」


「あっ、ズルい!」


 パタパタと厨房に向かう2人。

 普段から料理は作ってくれているけれどやはり厨房としてちゃんと作られた台所で作ると勝手が違うだろう。


「さて、他のお客さんには悪いけど接客は私に交代だ」


「そりゃないよー」


「そうだそうだー!」


「文句あんならうちの店から出てきな!」


 笑いが起こる。

 アットホームないい店だ。


「それじゃあ、ちょっとばかり話そうか」


「い、一体何の話でしょうか……」


「何の話か分かる?」


「全く分かりません……」


 この少女のことはジの記憶にもない。

 過去においてこれから先の人生は平凡に生きたのかもしれないし、戦争で短い人生を閉じたのかもしれないし、もしかしたらこれからジが先取りしようとしていることに関わっていた可能性もある。


 少なくとも語り草になる英雄的活躍はしなかった。

 今はごくごく何も持たない少女であるし、貧民の子からこんな風に話しかけられることなんてない。


 分からないのも当然である。


「そうだよな……何から話したらいいかな?


 まずは自己紹介を改めてしようか。


 俺はジ。

 フィオス商会の会長をしているんだ」


「しょ、商会……ですか?」


 周りで食べていた人の何人かの手が止まる。

 貴族の間でフィオス商会といえばもはや有名な部類に入るぐらいに名が知られてきている。


 平民でも耳ざとい人や貴族とパイプを持つ人、あとは商人なんかはフィオス商会の名前ぐらいは聞いたことがあるはずだ。

 貧民の子供が起こした異例の商会、王族の御用達、商人ギルドのギルド長の後援を受けた商会など様々な呼ばれ方をしている。


 ヒスは一般平民で個人で馬車を持つことはない。

 年齢的にもそうだし、金銭的にもそんなもの持てる身分ではないのだ。


 子供が商会の話をするわけでもないので当然フィオス商会なんて知らなかった。

 でも商会長をするということがどういうことなのかはなんとなく分かる。


 子供がすることではないどころではなく商会なんて子供を商会長にして起こせるはずもない。


「そう、俺は君をスカウトに来た」


「へっ?


 なな、なんでですか?


 私は頭もそんなに良くないし体つきだってごらんの通り……力仕事もできませんしその…………そういったことも……マニアックな人がいるのは知っていますけど」


「まず言っておこう。


 そんな違法な客商売やらせるつもりはないよ」


 どこでそんな知識を得たのだとジは思う。

 ヒスはかなり貧相だった。


 ジも前までは似たようなものだけどだいぶ肉付きが良くなってきて、エも成長してきていた。

 ごく一部にてそうした特殊な趣向のお客様を相手にする商売が違法ながらありはする。


 しかし当然そんなことをジがやらせるはずがない。


「じゃあ……どうして」


「お待たせしましたー!


 まずはこちらをどーぞ!」


「おっと。


 ゆっくり食べながら話をしよう」


 ケが料理を持ってくる。


「これはここの1番のおすすめなんだ」


「来たことないって言ってなかった?」


「来たことないけどこれがおすすめなの。


 食ってみ」


「言われなくても食べるわよ。


 ……ん!」


 フォークで突き刺したそれはブロック状のお肉。

 抵抗もなくフォークが刺さり、持ち上げるとクタッとなる様を見ると柔らかいことが分かる。


 パクリと豪快にお肉を食べたエは目を見開いてジを見た。


「美味いだろ?」


「ん、ん!」


 首を上下させて全力で肯定する。

 口に入れた瞬間にとろけるお肉。


 ジワっと口いっぱいに旨みが広がっていき飲み込んでしまうのが惜しくなる。


 店に来たことはないけどジはこの料理を食べたことがあった。

 今日は運が良い、そう思えるこの料理は時折双子が家に持ち帰ってくることがあったのだ。


 この料理に使われているのは本来捨てられる筋張ってて固く、あまり人が食べないところ。

 それを丁寧に時間をかけて柔らかくなるまで煮込んだものだった。


 手間もかかるし時間もかかる。

 だから仕込んだ分しかなく数量限定。


 煮込みすぎると崩れてしまうなんて弱点もある。

 その弱点のおかげでたまーにこの煮込みが余ると双子が持って帰ってくるのだ。


 がっつきたいけど早く食べるとすぐに無くなってしまう。

 そんなジレンマを抱える肉煮込みを味わうエを見てヒスも恐る恐る肉を口に運ぶ。

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