第五章

卵を抱えた少年1

 卵を抱えた少年というお話がある。

 これは回帰した今ではなく、過去に時々聞いたお話で事実を元にしたものであった。


 一種のサクセスストーリーとして語られることが多くて、成り上がりで復讐劇が筋である。


 話の内容はこうだ。

 とある貴族の子供が契約をするために魔獣を呼び出した。


 しかしその魔獣は卵の状態で呼び出された。

 卵で魔獣が呼び出されるなんてことは前代未聞のことであったものの、契約は結ぶことができた。


 人々は期待した。

 卵の状態でも契約ができるなら知能が高いとかすごい魔獣なのではないかと口々に言った。


 1年経ち、2年経ち。

 それでも少年の卵は孵らなかった。


 少年の卵が孵るのかも分からないうちに少年の弟も魔獣と契約する年になった。

 結果はかなり上等。


 すると周りの人はみんな一気に手のひらを返した。

 少年のことを役立たずだとか卵はもう死んでいるのではないかとか陰どころか表立って叩いた。


 少年には契約で繋がって卵が生きていることは分かっていたけど自分の感覚以外に実証できる手立てもなく、ただひたすらに耐えた。

 卵はいつか孵る、ただ無事に生まれてきてくれればそれでいいと少年は卵をいつも側に置いていた。


 しかし事件は起きた。

 おだてられ次期後継者として持ち上げられた少年の弟はいつしか少年を見下し、自分が後継者となる邪魔であると自分も気付かぬ憎しみを抱き始めた。


 ある日少年の弟は少年の卵を奪って階段から投げ捨てた。

 階段を転がり落ちた卵は丈夫で無事だった。


 少年は尋ねた。

 どうしてこんなことをしたのかと。


 そうしたら少年の弟は答えた。


 “どうせ要らないのなら捨ててしまえばいいじゃないか”


 頭に血が上った少年は少年の弟に殴りかかった。

 2つの歳の差もあるし少年は武芸に関する才能があった。


 けれど天は少年に味方しなかった。

 そこに父親が通りかかった。


 何があったのか、その質問は少年の弟にだけされた。

 少年の言い分を聞くこともなく父親はいきなり殴られたと言う少年の弟の言い分だけを聞いて少年を叱責した。


 事件が元で少年は家の中で完全に立場を失った。

 父親は少年と少年の弟を一緒にしておけないと少年をアカデミーにやることにした。


 アカデミーでも少年の扱いは変わらず、常に卵を背負っているので卵を抱えた無能だなんて呼ばれた。


 時は流れアカデミーを卒業する頃になっても少年の卵は卵のままだった。

 アカデミーを卒業して青年と呼べる歳になった少年だったが家に戻る場所はなかった。


 青年の手にはいつまで経っても孵らない卵しかなかったのだ。

 青年は売られた。


 小国の貴族のところに婿として行くことになった。


 そこからが成り上がりストーリーだった。

 相手の貴族の娘も青年と似たような境遇であったのだがそのためか馬が合った。


 紆余曲折あって愛する人が出来て、落ち着ける環境を手に入れた青年の卵は孵った。

 生まれた魔物はワイバーン。


 強力な個体で大きな魔力を秘め、高い知能を持った魔物だった。


 元々あった高い戦いにおける才能と相まって青年はあっという間にワイバーンライダーと呼ばれようになった。


 そして小国が隣接する帝国と王国で戦争が始まった。

 小国は帝国側として参戦することになった。


 皮肉にも王国は青年の生まれた国だった。

 しかし王国に未練もなかった青年は戦争で功績を打ち立てた。


 そして戦争の途中で青年は自らの父親と弟を打ち倒す。


 よく語られるのはここまでで復讐劇のサクセスストーリーのように言われているのだ。


 けれども物語はそこで終わらない。


 青年が王国と戦っている間に小国は別の国からの襲撃を受けた。

 小国は慌てて兵を退かせて帝国に助けを求めたが戦争も佳境に突入していた帝国は小国の助けをつっぱねた。


 その上秘密裏に小国に関して手を出さない代わりに帝国まで襲撃しないように取引をした。


 戦争に出ていた兵士たちが戻ってきた時もはや小国は風前の灯だった。

 そして青年の愛する者は亡くなっていた。


 果敢にも国を守ろうとした。

 その結果体の弱かった青年の愛する者は亡くなっていて、青年にそのことを知られまいと情報が隠されていたのだ。


 深い悲しみと絶望感、そして怒りに飲み込まれた青年。

 その最後は壮絶で攻め込んできた敵国の軍隊に1人突っ込んで総大将となっていた敵国の王子2人の首を取った。


 ズタボロになり目から血の涙を流しながら王子の首を取った青年はその場で亡くなったという。

 小国に攻め込んだ敵国は撤退を余儀なくされ、青年は英雄とされ、美化された青年の話は卵を抱えた少年という話で人々に語り継がれることになる。


 最後まで聞いたら胸糞悪い話なのでジはこの話が嫌いだった。

 俺もワイバーンが欲しかったよなんて簡単に口にする人もいたけど最後には何もかも失って自暴自棄に敵軍に突入した最後のことを考えろと思う。


 回帰した今改めてこの話について考えてみる。

 この国は結局貴重な人材を逃した挙句敵に回した。


 ワイバーンを魔獣とし才能ある若者をみすみす他国に渡して、若くして死なせてしまったのだ。

 ただその出来事は今では全て起こる前。


 運命は変えられる。

 もし、もしだ。


 ワイバーンライダーを味方にすることができたなら?

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