金、感情にご用心1

 借金取りは苛立っていた。

 失敗の知らせを聞いて気に入っていた万年筆を投げつけて折ってしまった。


 チャラついた借金取りでは対応出来ないかもしれないとわざわざ上の立場である自分が出てくることになったことも苛立ちの原因だった。

 古ぼけた教会1つ手に入れるのになぜこんな苦労をして気を揉まねばならないのか。


 しかしそれも今日で終わりだ。

 確実に事を進められるように何人か数日捕らえておけと命令はあったがいてもいなくても借金を返せるだけの金なんて用意できるはずがない。


 1番の問題だったリアーネも依頼を失敗するように仕向けて以来は貧民のガキのところに身を寄せている。

 どうせなら貴族に体でも売ってみればよかったのに。


 ああいうデカい女が好きな物好き貴族の1人ぐらいどこかにはいるから借金の少しぐらいは返せたかもしれない。


 念のため護衛の数を増やした。

 今度はすごまれても一切引くつもりはない。


 教会に来た借金取りと対峙するのはテミュンを中心にして、その両隣にジとメリッサ。


「さて、今日が期限だ。


 返せないのならこの教会から今すぐ出て行ってもらおうか」


「もちろん借金はお返しします」


「…………はっ?」


 テミュンは袋を借金取りの前に置く。

 呆けた顔をした借金取りが袋とテミュンの顔とで視線を行ったり来たりさせる。


 狼狽えたように袋の中身を確認する。

 そして口の端を歪めて笑う。


 袋をひっくり返して中のお金を全てテーブルの上にぶちまける。

 嫌みたらしく指で硬貨を一枚一枚動かして並べていく。


「おいおい……いくらなんだって計算も出来ないのか?


 これっぽっちの金でよく金を返せるなんて言えたなぁ!」


 ドンとテーブルを殴りつける。


 本当に金を返すのかと思ってヒヤリとした。

 けれど袋の中に入っていたお金は借金の額には到底足りない。


 それなりに努力した金額を用意はしているが足りない金額は交渉のテーブルにもつけないほどだ。

 必死にニヤつきそうになるのを堪えて怒りの感情を浮かべているように見せる。


「なんだ、俺はお金の数え方からお前らに教えなきゃいけないのか!


 これっぽっちじゃ期限を延ばすわけにもいかない。


 さっさとここから……」


「足りてますよ」


「出て……は?」


「これで足りてると言っているんです」


「計算も出来ないガキが……」


「ガキでも計算ぐらいは出来るんですよ?」


「じゃあもう一度契約書読んでみろよ」


「読むべきは契約書じゃない」


「なんだと?


 おままごとの本でも読んでろってのか?」


「読むべきはこれです」


「なんだこれ?


 小汚ねぇ手帳がなんだよ?」


 ジは懐から古ぼけた一冊の手帳を出してテーブルに置いた。

 革の表紙の大きめの手帳を見て借金取りは馬鹿にしたような表情を浮かべる。


 対価として物で支払うこともあるがそんな価値もなさそうな手帳だ。


「これはシスターが残した帳簿です」


「帳簿……だと?」


「はい、そうです。


 この中には借りたお金に関しての契約内容や金額も記載されているんです」


「だからなんだ」


「借金の契約は貧しい教会を救うために善意の貴族が半ばお金を寄付するような形で貸し付けていました。


 シスターの方が不義理だからと借りる形にしていたぐらいです。


 なのでこの借金には利子なんてものはないんです。

 利子はつけないと契約書に記載してあると帳簿に書いてあります」


「おい……」


「さらに言うと借金のいくらかはもう返済済みになっています」


「はあ?」


 契約書の内容を理解することも大事だけどそれ以外のことも大事なのだ。

 借りるだけ借りて放っておいているのか、それとも律儀に借りたお金は返していたかどうかもちゃんと知ることは必要なことである。


 シスターは帳簿を残していた。

 他にも借金をしていたことがあるようでそれらを全て手作業で手帳に記入して残していた。


 そしてシスターはちゃんと借金で返せるものは返していた。

 少額のものはほとんど返済していて、残っているのは教会を担保に借りた大きい金額のものだけであった。


「利子もなく、あなたが見せた契約書の中から借金が残っているものを計算するとこれで足ります」


 シスターは残りあと少しのところでお金を返しきれずになくなったのだろう。

 手帳の返済の最後の日は死ぬ少し前だった。


 残りの金額を計算するとそれほど大きな金額でもなかった。


「ふざけるなよ!」


 借金取りの突然の大声にメリッサとテミュンがビクリとなる。


「そんな手帳のどこを信頼できるってんだ!


 どうせ追い詰められたお前らが作った偽物の帳簿だろ!


 いいように騙そうったってそうはいかねえぞ!」


 本当でも嘘でも構わない。

 目の前の契約書以上の信頼がないなら帳簿に価値はない。


 仮に本当だとしても証明もできない。

 契約を交わしたシスターはもういないので帳簿の内容が本当かどうか誰も分からないのだ。


 くだらないものを出してきた。

 悪あがきにイラついたのもあるけれどこうした反撃材料になりそうなものは早めに潰しておくに限る。


 ガキと女相手ならば大体の場合大きな声でも出しておけば大人しくなるはずだと借金取りは思った。

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