青円の商会4
「あの……」
「どうした、メリッサ?」
そろりとメリッサが手を挙げた。
「あの……会長は国王陛下とお知り合い……ですか?」
王様がこんな平民街の片隅にある開店したての商会に来ることもおかしいのだけど何故かジがあたかも王様と知り合いかのように話している。
王様の娘とロイヤルガードの弟子とはどう見ても知り合いだ。
ジに不思議な人脈があることは分かっているけれどまさかこの国で最上位に属する人と知り合いであるなんて誰が想像できるだろうか。
ユディットも状況が理解できなくて意識が飛んでいる。
ライナスはラなことは知っていたけどビクシムの弟子なことも知らなかった。
ただ弟子や娘と知り合いというだけの話ではない。
王様やロイヤルガードとも直接知り合っているかのようなのだ。
「まあ、知り合いかな……」
「友人だ」
「ゆ、友人!?」
「そうだ」
顎が外れんばかりにメリッサが驚く。
ジも驚いたような、怪訝そうな顔をしている。
「有能な者は手元に置くか、それができないなら友人になるのがよいだろう。
友人にもなれないのなら……殺してしまうのもいいかもしれない」
暗にジを有能な者だと認める発言。
さらに脅しとも取れる王様の発言にメリッサの顔が凍りつく。
「わざわざ敵を増やすこともないでしょう」
笑いながらやや曖昧に返す。
ジが王様を敵にしたくないということなのか、それとも扱いを間違えると敵になりうると伝えたかったのか。
大胆不敵な物言い。
気に入ったと王様も不敵に笑い、手を差し出した。
「そうだな、アユインにも言ったが私は友人に貴賤は関係がないと思っている。
そして年齢も同様だ」
「国王陛下にそのように言っていただきまして恐悦至極でございます。
貧民の身には過ぎたる光栄でございますが友人を落胆させないよう精進いたします」
2人は握手を交わした。
王様と握手を交わしたなんて過去の自分が知ったら驚きで気を失ってしまうかもしれない。
「こ、国王陛下とお友達……」
ジではなく、メリッサが気を失いそうになっていた。
「今日は前にも言っていたお礼も兼ねて君たちの商品を買いたいと思ってな。
5台、注文したい」
「ご、5台……」
「メリッサ……メリッサ!」
メリッサの体から力が抜ける。
ユディットが慌ててメリッサを支えてなんとか倒れずに済んだ。
正直なところ開店からしばらくは売れないと思った。
みんなが買いたいと思い、買いたいと口にするほど貴族という生き物は買わなくなる時がある。
あまりにも商品の内容だけが独り歩きして、有名になりすぎてしまった。
開店前に貴族たちの興味がピークを迎えた結果、妙な牽制や様子見、我先にと買いに行くのが恥ずかしいことのような空気感が醸し出されてしまった。
ジがヘギウス家と交流があったりフェッツの後援を受けていることはとうに知れ渡っている。
そうした人たちではなく、関わり合いのなさそうな貴族の中で誰が最初に平民街まで行って馬車を注文するのかチキンレースのような状態になっていた。
だから知り合いの注文はあっても他の貴族からの注文はないだろうとメリッサは思っていた。
ジにサプライズしたいから何か外で不自然なことがあっても絶対に言わないで、そして誤魔化してくださいと言われた時に期待はしたけど、それが王様だなんて。
ヘギウス商会でも王族に対して商品を卸していることはある。
しかし王族と対面して注文を受けたことがある人はおそらくヘギウス商会長とその側近ぐらいでメリッサの周りにはいない。
「メリッサ!」
「は、はい!」
ジが声に魔力を込めてメリッサを呼ぶ。
頭の芯に声が響いたような感じがして、メリッサはハッと正気を取り戻した。
「お客様からのご注文だ」
「わ、分りまひた!」
盛大に言葉を噛みながらメリッサは注文書を取りに行く。
「ふふっ、立派な商会長さんですね」
「からかうのはやめてくれよ……」
「いいえ、とってもステキですよ」
これまでの砕けた態度と違って一瞬見せた上司としての凛としたジのギャップが面白くてアユインはクスクスと笑う。
これでは王様を怒れないと思ったけど同じ人なのに、別人のようでなんだかとても不思議で、それが面白く感じられてしまったのだ。
「な、なあ、今のどうやってやるんだ?」
「何がだ?」
「今のさ、頭の中にキーンとする声だよ。
師匠が時々やってくるんだ」
「どうして俺に聞かない?」
「だってししょー教えてくんないじゃーん」
「お前……また師匠に対して敬意を忘れてるな?」
「はっ……そんなことないデス!」
「帰ったら鍛練倍な」
「ちょ……待ってください師匠!」
ちょっとサボりがちなライナスにピッタリな師匠だ。
微笑ましい師弟関係を見ているとメリッサがバタバタと注文書を持ってくる。
一口に馬車と言っても細かいところでは細かな作りの違いがあって個々人で作って欲しい形は異なってくる。
馬車そのものの大きさから窓の有無などの作りや家紋もどこに付けるとか貴族の馬車は基本の形がありつつもオーダーメイドなのである。
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