本当の自由1

「ずいぶん気に入られましたね」


「そうだね。


 まさか泣かれるなんて思いもしなかったよ」


 ビッケルンの領地で黒魔法や悪魔と言ったものの痕跡は見つかったがその全容を明らかにするのには多くの時間が取られてしまった。

 戦争の最中にあり多くの人手が割けなかったことや黒魔術に手を出したとされるビッケルンの追跡や王弟の追求、逃げる時間を稼ぐために残されたリッチの抵抗などがあってビッケルンの領地での捜索は遅々としていた。


 当然ビッケルンも見つかるような場所で黒魔法の実験を行なっていたはずもなく見つけるのも大変であった。

 他にもリッチや悪魔がいるかもしれないので広く捜索もできなくてある程度の人数を保っての捜索でもあった。


 しかし黒魔法や悪魔がいたことは確実なので聖職者たちも根気強く捜索を続けた。

 戦争も佳境に近づき、捜索にも人が割けるようになってようやくビッケルンの秘密実験施設を見つけることができた。


 リッチのライフベッセルらしきものもあったがライフベッセルなのかどうか確定もしていないので手当たり次第に壊せるものでもない。

 調査が終了してライフベッセルとされるものは優先して壊された。


 その中にウダラックのライフベッセルもあった。

 ライフベッセルが破壊されたことは離れたところにいたウダラックにも分かった。


「こんなに後ろ髪引かれるなんてね、髪ないけど」


 ウダラックの願いは自分のことを殺してほしいであった。


 ライフベッセルが破壊された以上ウダラックを縛るものは何もなくなった。

 あとは自分の持つライフベッセルを破壊して誰かに殺してもらうだけである。


 ただウダラックの中には少しだけ欲が出てしまった。

 ジだけではない。タやケもウダラックを受け入れてくれて一緒に料理をしたり掃除をしたりと楽しい時間を過ごした。

 

 もう少しだけ、もう少しだけと自分を誤魔化していた。

 心地が良くて、まるで自分が普通の人かのように扱ってくれて、ワガママにも先延ばしにしてしまっていた。


 しかし心地良くなって先延ばしにすればするほど不安に襲われた。

 ウダラックはアンデッドなので眠らずみんなを起こすわけにいかないので夜中には動き回ることもなく黙って座っていた。


 そうすると考えるのだ。

 取り止めもなく、さまざまなことを考える。


 振り返るとそこに魔物の自分がいる。

 いつの間にか魔物と人の自分が入れ替わり、リッチのウダラックが暴れ出す。


 寝ていないのだけど寝ているように嫌な夢を見る。

 思考の波の中でいつしか本当にリッチになってしまうことを恐れている。


 ウダラックは決意した。

 双子には遠くに帰るのだと説明した。


 もう2度と会うこともないほども遠くに行くのだと。


 双子は泣きながら行かないでと言ってくれた。

 それだけで十分だった。


 無くしたと思っていた心が温かくなった。


 この幸せを壊してはいけないのだ。

 魔物になってしまう自分がここにいてはいけないのだ。


 ジとウダラックは初めて会った教会に来ていた。


「僕は……僕は最後まで人として生きて、人として死ぬんだ」


 教会の裏に周り、固く閉ざされた井戸のフタを取る。


「この中だよ」


 井戸の中には梯子がかけてある。

 ウダラックはスルスルと梯子を降りていき、ジもそれに続く。


 底まで降りたけれど水はなく、完全に枯れ井戸だった。

 井戸の底には横に道が掘ってあり、どこかに繋がっていた。


 もしかしたら元々井戸でもなかったのかもしれない。

 少し通路が続く。


 およそ教会の下あたりまで歩いたところに古びたドアがある。

 ウダラックが何かの呪文を唱えるとドアが開いた。


 魔法でドアを閉じていたのである。


 中に入ったウダラックが腕を振り、壁にかけられた松明に火をつける。

 地下とは思えない石造りのしっかりした部屋。


「ここはなんの部屋だったのか……わかるけど確証はない」


 部屋には埃を被った器具が置いてある。

 その用途はジにも分かる。


 古い拷問器具だ。

 黒ずんだ消えないシミがただの置物でないことを物語っている。


 教会が潰れることなどない。

 墓地の側の教会なら尚更なくなるはずがない。


 なくなったのには何かの理由がある。


 その理由を今は知ることもできないけど井戸に隠された場所といい、ろくなことに使われていないことは間違いない。


 そしてまだあまり埃を被っていない器具もある。

 こちらは薬を作るようなものや何か道具を作るための道具もある。


「これは僕が使ってたんだ。


 何をしていたかというとね、呪いを解く研究をしていたんだ」


 忌々しいリッチの体。

 ある種の呪いといえる。


 どうにかして自分で自分を殺せないかと思って呪いを解く方法を探していた。

 結局自分のリッチ化は呪いを解くのとはまた違っていて自分を殺すことはできなかった。


「僕を殺してくれ。


 代わりといってはなんだけどこれをあげるよ」


 ウダラックは小さな箱の中から小さな木のナイフを取り出した。

 表面には不思議な模様が刻んであり子供が持つもののように刃も立っていない。


「これは僕が作った解呪の魔道具だ」

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