フィオス商会3
「で、ですけど……」
「私たちは今ヘギウス商会の人間として会ってはいけないのだよ。
ヘギウス商会の中で会っていてなんだがこれからする話は商会員としてする話ではない。
単なる体面に過ぎないが今は私とお前は個人として彼に会っているのだよ」
エムラスは自分の商会の人間を斡旋し、ジは他人の商会の人間を引き抜こうとしている。
一般的な常識で考えると道徳違反な行為だ。
やるにしても水面下でひっそりと行われる行為でこんな風に堂々と相手の商会の中でやることではない。
誰がみているわけでも、それを咎める人がいるわけでもなくても最低限のマナーはあるのだ。
今はエムラスとメリッサは個人的にジに会っている。
誰かに突かれると苦しい言い訳になるものの個人的に誰かに会うことが禁止されているものでもない。
ウィランドに話は通してあるので堂々と会っても構わないのだけど昔気質なエムラスはそういったところもちゃんと守る。
「分かりま……分かった、お爺様」
メリッサは抱えていた紙の束をテーブルに置いてエムラスの隣に座る。
「今日はいきなりの訪問に応えていただきありがとうございます」
「固い挨拶はなしにしよう。
早速本題に入るが本当に自分の商会を創設するのですな?」
頭を下げたジに応じてメリッサもテーブルに頭がつくほど深々と礼を返す。
緊張しているようで表情が固い。
「元々考えてはいましたけど少し早める理由も出来ました。
なので今がいい機会なのではないかと思っています」
「物事には巡り合わせの時がある、か」
「そうです。
商会を作る時が訪れたんです」
「だいぶお待ちしましたがこれで私もようやく安心できそうです。
メリッサ、あれを」
「はい、こちらを」
メリッサは抱えて持ってきた紙の束をジの前に差し出す。
「これは?」
ずっと気になっていた。
何を抱えてきたのだろうかと。
真面目そうなメリッサが関係ない書類を抱えてきたとは考えにくい。
何か関係のあるものだと思っていたけど聞く機会がないままだった。
適当に手に取って内容を見てみる。
「家…………?」
真面目に表紙までつけて紐でまとめてあって冊子になっている。
ペラペラとめくってみると中は色々な家のことが1軒1ページでまとめてあった。
立地や家賃などが書いてあってなんのことだか分からない。
「それは私が探したいい物件です。
簡潔に中身をまとめてあります」
「それはいいんだけど……」
家を買いたいならよそでやってくれと言いたい。
「あっ、別に私が購入したいものではありませんよ!」
ジが複雑そうな顔をしていることに気づいた。
慌ててメリッサが弁解する。
このままではいきなり家が欲しいんですよと子供に言ってみせるだけになってしまう。
「私が持ってきたこれは商会を設立するにあたって必要なことの資料です。
商会に必要なのは物、人、場所です。
場所は後でどうとでもなりますが見栄えのする場所は用意しておくことは大事ですので私の方でいくつか目をつけたところを挙げておきました」
メリッサは3本の指を立てる。
物。
当然商会として商売にするための商品が必要である。
何かしらの行為でもいいのだけど利益を生み出すための何かが必要である。
場所。
商会としての居を構える店舗なり事務所のような場所が必要である。
物売る店舗だけでなく商品の保管や連絡のできる場所などを用意しておくことも不可欠な要素である。
人。
商会は名前だけで存在できるものではなく、中に商会を支える人が必要である。
当然商会を作る本人がいるだけでなく働く人も必要だ。
個人商会もあるので必ずしもその限りではないけれどそのつもりでやるのでなければ人はある程度揃えることもやるべきことだ。
さらに人には働く人だけでなく繋がりも大事となってくる。
商会を設立するにはやりますでは通らない。
正式な商会は商人ギルドの認証を受けたものであり、商人ギルドの恩恵を受けられる商会となるには商人ギルドに認められなければならない。
よほどの資金力があるか、後援になってくれる商会がいるとかそう言ったことも商会設立にも必要である。
他にも書かなきゃいけない書類とか細々した条項とかそんなものもある。
商会を作るために必要なものをメリッサは事前に調べてまとめていた。
「なるほど……」
「人を雇用した時の契約書の書き方とか一般的なお給料とかも思いつく限り調べてみました」
それでこんなに量が多いのか。
「どうですか、うちの孫娘」
「どうですかって言われても……」
真面目さは伝わってくる。
それで能力が分かるかは別問題だ。
「場所とか人とかは後々見つけていけばいいのですが、私にはどうしようもないことがひとつだけあります」
「どうしようもないこと?」
「そうです。
商会はジさんのものでまず決めていただなければいけないことがあるんです。
……それは名前です」
商会の名前はまず決めるもので、決めなければいけないものである。
名前を冠する商会も多いけどそうではない商会ももちろんある。
ジなのでジ商会でもいいのではあるけど決めるのはジである。
「それはもう決めてるんだ」
「そうなんですか?」
「うん」
これは商会というものの設立を考え始めた時にはもう決めていた。
「フィオス商会。
これが俺の作る商会の名前だ」
ジがここまで来れたのはフィオスのおかげだ。
柔軟で柔らかく、包み込むような優しさがある。
そしてスライムは無限の可能性を秘めている。
ジの商会はそんな商会にしたい。
不思議な青い丸の看板までジは考えていたのであった。
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