他力本願5

「私も前回のことでひとまず外出に制限があるのだけど他に適切な人がいないということで今回の教習訓練も押し付け……コホン、任されることになってね」


 ルシウスの端正な顔がわずかにくもる。

 やらなくてよいならやりたくないのが本音であった。


 戦争に行っていいというのなら前線に向かうし、ダメならば通常の職務でもこなしてのんびりと過ごしていたかった。


「戦争には私の弟が兵を率いて行ってしまっていて私のところもそれほど多くの人は残っていないというのに。


 しかしやらなければいけない理由が1つありまして」


 断ろうと思えば断れた。

 そんなルシウスを動かしたのはアカデミーと合同であるという部分であったのだ。


「アカデミーには娘が通っています。


 そして今回の教習訓練には私の娘も参加する……行かないわけには行かなくなりました」


 知らんがなとグルゼイが呆れ顔をする。


「先ほども言いましたがもう弟が兵士を連れて前線に行っています。

 うちの教習訓練を任せられるようなベテランは全員行ってしまったのです」


 娘にいい格好をしたいがためにあたかも忠誠心あふれる臣下のように仕事を受けてしまった。

 目が行き届かなければケガ人なんかも出る。


 何より娘に幻滅でもされたらルシウスはやっていけない。


 人として出来ているルシウスでも子が絡むと正常でいられなくなる。

 どこの父親でも娘に好かれたいなんて傾向が見られるものだ。


 そこで思いついたのがいないなら雇えばいいだった。


 しかし信頼が置けて人を指導できるような知り合いなんてルシウスには候補が少ない。

 貴族社会に生きているとそれ以外の人と知り合う機会がない。


 そんな時に思いついたのがグルゼイであった。

 絶対に暇している。


 グルゼイが仕事をしていないとかではない。

 外出制限がかけられている以上グルゼイも大っぴらに行動するわけにもいかないからである。


 人当たりがいいとは言えないけれど実力はあるし魔力を大きく使わないで戦う剣術は目を見張るものがある。

 魔物から守ってくれて何かしらの刺激を与えてくれればと思った。


 主な目的は強い監視役なので指導については過度に期待はしていない。


「報酬は弾みますのでどうか教習訓練にご同行願えませんか?」


「……もっと細かく計画を聞かせてもらってから答えを出そう。


 それとどうしてコイツも呼んだ?


 今の話ならジは関係ないだろう」


「ありがとうございます。


 ジ君に関してですがグルゼイと同じ役割をお願いしたいのです」


 ここで断らない時点で受けてもらったも同然。

 グルゼイの前向きな返事にルシウスの顔が明るくなる。


「同じ役割ですか?」


「はい、流石に指導しろとは言わないのですがジ君の実力も相当なことは分かっています。

 なので他の子が危なくなったら助けてもらったりそうならないように誘導してもらいたいんです。


 こちらの思惑を汲んで動いてくれる人が内部にいれば楽になると思いまして」


 要するにスパイである。

 若干違うかもしれないけれど内部でなんやかんやと上手くやるのだからそんなに違わない。


「どうですか?


 なんならユディット君も参加してもよいですし」


「俺は参加します」


「おっ、なんだか判断が早いな」


 ジが参加するならついていこうと思っていたリアーネはジの即決に驚く。


「ユディットにもいい経験になるでしょうし、逆にこちらからもお願いがあります」


「お願いかね?


 私で叶えられることなら言ってごらん。


 娘はやれんぞ?」


「ははっ、それは遠慮しておきます」


 ジはまるで簡単な頼み事をするかのようにウダラックのことを詳細は伏せながらルシウスに話した。

 ざっくりとリッチとビッケルンのこととビッケルンがリッチを操ろうとしていることをかいつまんで説明した。


 ルシウスの顔が凍りつく。

 ジは笑顔で話していたのだけれど笑ってする内容の話ではなかったからだ。


 なんの冗談かと思った。

 グルゼイがため息をついて疲れたように目を揉むのを見てそれが冗談ではないとルシウスは悟る。


 まさかルシウスに話すとはグルゼイも思わなかった。


 態度こそ貴族のようでなく柔らかいがルシウスは生粋の貴族であり、リッチの話なんて到底受け入れ難いに決まっている。

 怒り出すのではないかと少しだけ警戒しているとルシウスは複雑そうな顔をして背もたれに体重を預けた。


「その話をされて私にどうしろと?


 私に意見を求めるなら今すぐにリッチを討伐すべきであると思うのだが」


「だから言ったでしょ?


 ライフベッセルは2つありますって。

 リッチは倒せません。


 仮に追い込んでしまって近い方のライフベッセルが機能不全に陥ってしまったらそのリッチはビッケルンが操り始めてしまいます」


「ううむ……しかしリッチが町の近くにいて放っておくのも……」


「それとなく情報を流してほしいんです」


 ジはもう自分でビッケルンまで行くことは諦めた。


 どう考えてもビッケルンまで行ってライフベッセルを破壊するなんて無理な話である。


 じゃあどうするか。


 戦争を利用するのである。

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