死者の王3

 ほっといてもいいのだがここは墓地。

 誰か一般の人が来るかもしれないのにただ疑惑だけ抱いて帰っては被害が出るかもしれない。


 とたんに真面目な顔になり剣を抜くグルゼイ。


「ジ、ユディット、下がっているんだ」


 先頭をグルゼイが歩き、その後ろをリアーネ。

 さらにそれについていくようにジとユディットが行き、1番後ろをケフベロスが警戒する。


 グルゼイが窓から中を覗き込むが曇った窓ガラス越しでは中の様子はよく確認できない。

 中に入るしか確認する方法はない。


 ドアの前に周りそっとノブに手をかける。

 軽く引いてみると鍵はかかっておらずゆっくりとドアが開く。


 袖口からスティーカーが頭を出す。

 少しだけ開けたドアの隙間からスティーカーが中の様子を伺い、グルゼイと視覚の共有をする。


 中に熱源はない。

 誰かいるならロウソクの1つでも点いていてもおかしくはないのに。


 人や動くものもない。


 グルゼイがドアを引き開けるとあまり日が当たらないせいか周りよりもひんやりとした空気が流れ出てくる。


 スティーカー越しに見て分かってはいるけれど踏み込む前に自分の目でも中を確認する。


「異常はないな……」


 ただ人はいないだけ。

 中に入るとひどく床板がきしみ、使われていない時間を感じさせる。


「師匠!」


 ケフベロスが強く唸り、何かを感じ取った。

 それを1番早く見つけたのはジだった。


 先頭を行くグルゼイの後ろに何かが落ちてきた。

 リアーネが素早くそれに反応して剣で切りつけるがまるで金属同士がぶつかるような音がした。


「せっかちな女性だ」


 落ちてきたそれは骨であった。

 人の骨であることは見てわかるのだがその骨は手に持った剣でリアーネの攻撃を防いでいた。


「す、スケルトン!」


 ユディットが顔を青くする。

 人の負の感情や魔力が集まり発生するアンデッド系の魔物がスケルトンである。


「ふっ!」


 グルゼイがリアーネの剣を防いでいる魔物に切り掛かる。


「まあ、待っておくれよ」


 魔物は飛び上がってグルゼイの剣をかわすとそのままピタリと空中で動きを止めた。

 スケルトンといえば多くが人の骨で作られていて、そのために脆く力が弱い。

 とてもじゃないがリアーネの剣を防ぐなんて出来ない。


 その上スケルトンには簡単な指示に従うぐらいの知恵しかない。

 話すこともとても出来るわけがないし上から降ってきて奇襲することもない。


 さらに空中で浮いて止まるなんて芸当はスケルトンには出来ない。


「リッチだな……」


 スケルトンの最上位と言ってもいい魔物。

 いや、アンデッドの魔物の中でも上位にすら来る。


 全体的に忌み嫌われるアンデッドだが特にリッチは人々が忌避する魔物である。

 リッチとは成れの果てであるから。


 闇の魔法により生命を捨て、永遠に近い命を手に入れた堕落した魔法使いの姿がリッチであるからである。

 人為的に発生させた魔物と言ってもいい。


 リッチに至るにはそれに相応しい魔法技術と魔力がいる。

 当然リッチになった後も技術や魔力は持っているので見た目はスケルトンと変わらなくても人間だった頃の知恵を持ち、魔法を操る。


 リッチになるのは堕落して人間の倫理観から外れた人間。

 人を人とも思わず非道な手段も厭わない人間がリッチになる。


 知恵があり、魔法が使えて、魔物にも劣る考えを持つ。

 故にリッチは忌み嫌われているのであり、リッチになるための魔法や工程は禁忌として秘匿されている。


 リッチは知恵があるので人から隠れ力を蓄える。

 自分の根城となる場所を持っているはずなのにどうしてこんな寂れた教会にいるのか。


「……ジ、ユディット、リアーネ、逃げろ。


 大神殿まで行って助けを呼んで来るんだ」


 どんな状況でも活路を見出すことが出来ると考えているグルゼイでもこの状況を好転させる策を思いつくことはできない。

 相手のリッチがどれほどの力を持つ相手か分からないけれど倒すことは難しい。


 ここで4人全員全滅するぐらいなら未来へと希望を託した方が遥かに良い選択だ。


 死の覚悟を決めてグルゼイがリッチを睨みつける。


「待ちな」


 逃げる素振りも見せずにリアーネも剣を構える。


「1人よりも2人で戦った方が勝機はあるだろ。


 それに……時間も稼げる」


 リアーネもジとユディットを逃すつもりでいた。

 グルゼイと協力すればリッチを倒すこともできるかもしれない。


「まあまあまあまあ……」


「なっ……!」


 リッチが指を振った。

 その途端に教会のドアが閉まり、入ってくる光が薄汚れた窓からだけになって教会の中が暗くなる。


 退路を断たれた。


 グルゼイの顔が険しくなる。


 ならばもうやるしかない。

 隙を見て窓ぐらい壊せれば2人を逃がせるかもしれないと考えながら、同時にどう空中からリッチを引きずり下ろせるかも思案する。


「まあ、待ちたまえよ」


 集中力を高めるグルゼイとリアーネをよそに、リッチは2人を制止するように手を突き出した。


「……うん、じゃあこうしよう。


 降参だ」


 リッチは手に持っていた剣を手放し、剣が床に落ちて刺さる。


 意味不明な行動。

 挑発的とも取れる行動にリッチの真意が汲み取れない。

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