誘拐事件6
「今度こそ終わりだ」
グルゼイの剣が男の首に当てられる。
「リィィィィィン!」
最後の足掻きか、新たな敵襲か、天井が崩壊して何かが落ちてきた。
「何者だ!」
魔獣が何かをしたのかとグルゼイは最初は思ったがモルファはただの木のようになって動いていない。
そこにいたのは白髪のやたらガタイのいい老年男性。
老年男性の周りにはチリチリと火の粉が舞い、魔力が渦巻いている。
「貴様こそ何者だ、ワシの孫はどこにいる!」
「孫?
何のことだか……」
「ウソをつくなぁ! ファイアウェーブ!」
老年男性が腕を突き出すや魔力の奔流が炎へと変わり、波打ちながらグルゼイに押し寄せた。
「この……ジジイ!」
間一髪グルゼイが魔法を切って直撃は避けるも圧倒的な熱量に服の端が焦げ付く。
「クッ、おい聞け!
少なくともあんたと俺は敵じゃない」
「なにぃ!
…………ならワシの孫はどこにおる!」
「俺は知らん。
さっきまでここにいた男が知っているはずだがな」
気づけば横にいたはずの男がいなくなっていた。
モルファもいない。
いざこざの間に隙をみて逃げ出していたのであった。
「なんだと、逃さんぞ!」
よほど焦っているためかグルゼイの言葉を聞いて老年男性はすぐに飛び出して行ってしまった。
わざわざ壁に大穴を開けて飛び出していくこともないのにと思うが知らない爺さんに忠告しに行くこともない。
慌てて追いかけるまでもない。
毒が効いているのだから逃げられたとしても高が知れている。
老年男性が追いかけるのに開けた大きな穴を見ながら逆に気持ちが落ち着いていくのを感じた。
「ハァッハァッ……クソッ」
廃墟の裏でグルゼイの予想通り男はほとんど逃げていないにも関わらず激しく息切れを起こし胸を強く握っていた。
モルファに回った毒が男のことも苦しめていた。
あと少し、あと1人でよかったのに欲張った。
あのお方のご期待に沿えるように屋敷に入り込んだガキの中で有望そうな者を選んで捕らえて養分にした。
非常に強い魔力を持ったガキを捕まえたので最後の仕上げにしようと取っておいたのが失敗だった。
さっさと取り込んでしまっていれば今頃はこんなところで逃げ回っていることもなかったろうし、もし戦うことになってもこんな情けない姿を晒すことはなかった。
動かなくなったモルファを一時的に魔石状態にしてこっそり逃げてきた。
魔石状態でリンクが弱まったとはいえ身体の不調は治らない。
全身が怠く呼吸が苦しい。
何をされたのか男には分かっていないがまずい状態なのはわかる。
「ひとまずここを離れなければ……」
「どこへ行く?」
後ろから頭を鷲掴みにされて持ち上げられる。
いきなり現れた火を操るデカイジジイに片手で持ち上げられた。
「ワシの孫をどこへやった」
馬鹿の一つ覚えみたいに同じ言葉を繰り返す。
「ヒヒヒッ、あんたの孫……そうだな、俺を殺せばその孫とやらと一生会えなふ……ふぃ」
キツく締め上げられて痛む頭で状況を打開する方法を考えて悪知恵を働かせたが下手な時間稼ぎはむしろ相手を怒らせた。
ミシミシと音が聞こえてくるほど手に力込められ言葉を発することもできない。
痩身とはいっても人一人を片手で持ち上げるとはどんな化け物だ。
(ヤバい……もうこれしかない)
徐々に遠のく意識の中、男はポケットに手を突っ込んでモルファの黒い魔石ともう一つ小指の先ほどの大きさの黒い丸い石を取り出して、口に入れた。
縦長とはいえ手のひらぐらいの長さのあるモルファの魔石を一息にのどに押し込む。
「むぐぐ……」
異物がのどを通ることを身体が拒否して気持ちが悪く涙が出てくる。
「何をしている!」
後ろからでは何をしているか見えないが足をバタつかせ苦しむ様子にようやく異常に気づいた。
男の頭から手を離し胸ぐらを掴んで引き寄せる。
男の目は焦点が合っておらず口を手で押さえたまま涙を流し続けている。
「何を飲み込もうとしている」
口から手を引き剥がそうにも男はものすごい力で抵抗しており動かない。
「うぐ……」
「な、おい、おいっ!」
男ののどが大きく動き魔石を飲み込んだ。
途端男の身体から力が抜けグルンと目が上を向く。
慌てて身体を揺すってみても男はダランとして反応はない。
口に手を当ててみても呼吸をしていない。
手を離すと男の身体は力なく地面に倒れる。
「な、なんと」
潔いのか、意地が悪いのか、自殺するだなんて微塵も思わなかった。
孫であるリンデランに繋がる唯一の証人が死んでしまったことに肩を落とす。
廃墟のどこかに捕らえられているならいいが他の場所に捕らえられていたらと考えるとゾッとする。
「……むっ」
廃墟をひっくり返しても探し出してみせると自分を奮い立たせた瞬間、嫌な気配を感じて振り返った。
いや振り返ろうとした。
視界がぐるぐると周り、浮遊感、そして地面に叩きつけられた。
耳鳴りがして物が何重にも見える。
「キシシ……苦労かけやがって」
殴られて吹き飛んだのだと理解するのに時間はかからなかったが死人が息を吹き返して、あの細腕で殴ったところでいかほどのダメージもないだろうに、油断していたとはいえ一発で意識が軽く混濁するほどの膂力はどこから湧いて出たのか。
頭を振り焦点が合ってくると男の姿に驚愕する。
例えるなら木のような容姿の男だった。
それが今はどうだろうか、明らかに男は木になっている。
水分が抜けたようでガサガサだった肌は樹皮になり目は赤く染まり指先が枝のように伸びている。
樹皮もただの樹皮ではない。
モルファと同じ真っ黒な樹皮に覆われている。
「キシシ、シネ」
「ファイアウォール!」
トドメを刺そうと殴りかかる男の前に炎の壁が反り立つ。
人にせよトレントにせよ火が目の前に現れたら怯んでしまうのはどうしようもない。
1秒にも満たず隙とも言えない硬直だがわずかばかりのためらいが生じることを知っている。
自分の炎であっても相当熱いのにそんなことお構いなしに何度もやってきた過去の経験がなせる本能にも近い妙技。
ファイアウォールを防御ではなく目眩し、一瞬の隙を作ることに使う。
ファイアウォールを出して自分は殴りかかり、すぐにファイアウォールを消すことで火傷もせず気づけば相手は目の前に拳が迫るという荒技。
タイミングを間違えば自分が自分の魔法でやけどしてしまう。
魔力を送るのをやめて魔法を消してもすぐには魔法は消えないために遅れれば無防備なパンチにもなり兼ねない非常にシビアな戦い方である。
当然男も気づいた時には顔面にパンチを食らい後ろに転がっていた。
お返し。
ある種の高等技術を単に殴られたから殴り返すのに使った。
「ハッハッハッ、孫の居場所を聞かねばならぬから手加減をと思っておったが……お主は危険すぎるな。
このパージヴェル・アーシェント・ヘギウスがお主を倒してみせよう」
パージヴェルが剣を抜く。
一般的な両刃剣に見えるが2メートル近い体格のパージヴェルに合わせて作られた剣なので実際は普通のものよりも大きい。
男が起き上がり感情の読めない目をパージヴェルに向ける。
思い切り拳を振り抜いたのにダメージを受けている様子は見受けられない。
「コロス」
それどころか人らしさも段々と失われていっている。
「相手が名乗ったら自分が名乗るのも礼儀だろうに」
メキメキ音を立てて男の身体が一回り大きくなる。
より木らしくなり、もはや残っていた人らしさが完全に消え去ってしまう。
男が一直線に距離を詰め腕を振り下ろしたのを剣で受ける。
本気を出したわけではないが手を抜いたわけでもないのに受けた剣が額スレスレまで押されてしまった。
近づけば近づくほどに感じる、不吉な魔力。
不安定な感じがしていた魔力が段々と落ち着いて馴染んでいっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます