誘拐事件5

「貴様は一体何者で、何故私の邪魔をする」


 一方でグルゼイは木の根を切り続けていた。

 終わりがないかに思える戦いだが木の根の動きは鈍り始め確実に動きに元気がなくなっていっていた。


 木の根っこだって無尽蔵に生み出せるわけでない。

 特にパターンに変化もなく切り落とされた根の先は腐るようにして消えていく。


 自然の木の根っこではなく魔力で作り出された根っこであった。


 近づいてきているのは魔力を感知していたから分かっていたので声をかけられても驚きはしない。

 しかし実際相手の姿を見てグルゼイは内心ギョッとしていた。


 木製人形の偽物も決して太くはなく本体の細さを予想させるに足る体型だったが現れた男は偽物よりも細く、例えるなら枯れた木のような身体をしていた。


 頬はこけていて腕や指は強く掴めば折れてしまいそうで骨と皮だけと表現しても良いが、それよりももっと水分が抜け落ちたような、言葉を発さなければ木の魔獣は目の前の男なのではないかと思うほどであった。


 身体からは生命力が感じられない。

 なのに目はやたらと意志に満ちていて怒りに燃えている。


 異様な風体の男にグルゼイは思わず警戒を強める。


「モルファ」


 呼ぶが早いか、床を突き破って木が生えてきた。


 人ほどの高さのところでポッキリと折れてしまったかのような切り株みたいな見た目をしていて、やや特殊な形状にはなるが木を操る特性と見た目からトレントの一種であることがわかる。


 幹の途中から生えた枝がしなり、グルゼイを狙う。

 ほんの一瞬の判断、グルゼイは振りかけた剣を止めてモルファの攻撃をバク転で避けた。


 後ろに反ったグルゼイの胸の上を風を切る轟音を立てて枝が通り過ぎる。

 そのまま着地の勢いを利用してモルファに切り掛かる。


 ガキンと金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り響く。

 モルファはグルゼイの攻撃を枝で防いでみせた。


 枝ごと両断するつもりだったが逆に手がわずかにしびれる。


「黒いトレント……やはり普通ではなかったか」


 木に擬態するトレントは見た目も様々である。しかしモルファは明らかに他のトレントに比べて黒いのである。

 木というよりも巨大な炭に近く、その硬さも金属のように硬く、グルゼイの感じた嫌な予感の正体である。


 あのまま回避しないで枝を剣で切ろうとしていたらグルゼイは今ごろ手痛い一撃を食らっていたことだろう。


「ヒヒヒッ、貴様に俺のモルファは切れんよ」


 モルファから距離をとるグルゼイを見て勝ち誇ったように男が笑う。


「そうか? 


 なら試してみよう」


 生来の負けず嫌い、そんな誰かが言った言葉を思い出しながらグルゼイはグッと体勢を低く剣を構える。

 一瞬で距離を詰めて剣を振り抜いてそのまま駆け抜ける。


「無駄な足掻きを」


 男は鼻で笑って軽く手を振る。

 すると今度は今まで普通の色だった木の根に代わって黒い木の根が床から生えてきて一斉にグルゼイに襲いかかるがグルゼイはそんなこと気にせずモルファ本体を切る。


 むなしく金属がぶつかる音がするが諦めない。

 モルファはグルゼイを捉えきれず、グルゼイの攻撃はモルファにダメージを与えられないやり取りの繰り返し。


 終わりの見えない勝負かのようにみえたが変化が訪れた。


 何度目なのか分からない斬撃。

 ずっと聞こえていた高い金属音とは違う、少し低めの音に男の顔がくもる。


 剣の刃の部分だけではあるがモルファに食い込んでいた。

 表面で弾かれるばかりであったのに確実にモルファに傷をつけていた。


 しかしまだ切るというには程遠いのでグルゼイはもう一度斬撃を叩き込むと再び鈍い音がして剣の半分ほどがモルファに食い込み、男に焦りが生まれた。


「クッ……一体どうやって」


 種明かしをしてしまえばなんてことはない。

 ただひたすらに全く同じ場所を切り付けた、それだけである。

 トレントの顔部分を参考にして切り付けた場所を覚えて、木の根の攻撃を避けながら自分の位置を調整して同じところを切る。


 言うが易いが何もかも高い水準になければ行えない緻密な攻撃だし負けず嫌いで偏屈なグルゼイならではのやり方。


 多少切り付けられたところでなんてことはないけれどグルゼイの執念に妙な気持ち悪さを感じていた。


「モルファ、本気でいけ! 


 ダークスピア」


 焦った男が魔法を使い魔獣を支援する。

 本気でグルゼイを仕留めにかかってきた。


 黒く細長い黒い槍状の魔法がグルゼイに向かって飛んでいき、同時にモルファの木の根も四方八方から振り下ろされる。


「たった少し傷をつけたぐらいでいい気になるなよ!」


 一部の魔法を切り裂き、後はすんでのところで避けるグルゼイはどこからどう見ても防戦一方で余裕すらもないように見えるが本人はニヤリと笑みを浮かべた。

 たった少し、その少しで自分には十分であると。


 対して攻め立てている男はグルゼイのような余裕はない。

 男の魔力も無尽蔵なわけじゃない。

 魔法を使ったり木の根の再生でも魔力は減るし細い身体は魔力を失えばあっという間に弱り切ってしまうのでさっさと片をつけなければいけない。


 なのにグルゼイに攻撃は当たらない。

 完璧に追い詰めたようにみえても抜け目なく穴を見つけたり、魔法を切って木の根にぶつけて軌道を逸らしたりと回避を続けている。


 逃してしまったガキも気がかりだ。

 おそらくよほど間抜けじゃない限り人を呼ぶに違いなく、どこかに身を隠す必要がある。


 生きた証人がいる以上徹底的に調べるはずだからこれまでの方法は使えず町を離れることも考えなくてはいけない。


 今はどうやって目の前の目障りな男を殺すか考えているとモルファの動きが目に見えて鈍くなってきていた。


「モルファ、何を……」


 グルゼイがつけた傷はすでに塞がり魔力が底をついたわけでもない。

 なぜモルファに異変が生じたのか、なぜ苦しむように揺れているのか。


 男は理解ができなかった。

 グルゼイは避けるのに必死でモルファに近づいてもいない。何がモルファを苦しめているというのか。


「う、ウウッ……」


 突如として腹部に針に刺されたような鋭い痛みを感じ、男は膝をついた。

 自分が何かされたのではない。


 これはモルファが感じている痛みだと瞬時に分かった。


「意外だな」


 グルゼイがゆっくりと男に近づく。

 グルゼイの魔獣であるスティーカーは非常に小柄な蛇の魔物で、単純な力だけでいえば相当非力な部類に入る。


 けれどもスティーカーは別名森の殺し屋と呼ばれるインフェリアバジリスク。

 その大きな武器となるのは身体能力でも魔力でもない。


 強力で抗いようない毒こそがスティーカーの最大の武器である。


 さすがに刃先まで毒を通すのは難しく刃先だけでは毒に冒すことは無理だが剣身に刻まれている溝にスティーカーの致命的な毒が満ちている。

 剣身の半分まで入れば相手は完全に毒に冒されることになる。


 毒に冒されたのは魔獣であるモルファであって男ではないのに、男の方も苦しみ始めた。

 魔獣との結びつきが強いと魔獣の苦しみや痛みすらも感じることがある。


 絆が深いとかリンクが強いとか表現にはいくつかあるが要するに魔獣と心を通わせることであり、喜びや痛みなどの感情や感覚を共有することができて魔獣から受けられる魔力も多くなる。


 単に一緒に居ればいいというわけでもなく相性や魔獣の性格によってもリンクの強め方は変わる。

 そして痛みなどの感覚まで共有できるとは最上級クラスにリンクが強いことになる。


 よって痛みまで感じるほどリンクが強いことは稀である。


 ましてトレントは魔獣としては知能が低く、総じて知能が低い魔獣は関係を築きにくくリンクを強めにくい。

 毒の効きにくい植物系の魔獣でリンクも強めにくいのに膝をつくほど痛みを感じるとはグルゼイも思っていなかった。

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