第46話 おにい、ご飯一緒に食べよ?2
46話 おにい、ご飯一緒に食べよ?2
「んー! やっぱり汁だくこそ正義だねぇ!」
「だなー。何もかけずに汁だくが一番美味いわ」
お茶の入ったコップを片手に、二人でお箸を使い牛丼を摘む。
桃花は大盛で、悠里は特盛。それぞれ汁だくという好みを完璧に把握した妹の注文の仕方に、悠里は兄として鼻を高くした。
「そういえばおにい、今回いつも以上に頑張ってるね。成績やばいの?」
「おーおー、言ってくれるなオイ。俺は桃花と違ってそこそこ優秀な方だぞ?」
「むっ、私だって学年順位真ん中よりは上だもん。って、おにいそれならなんで頑張ってるの? また早乙女先輩と賭け?」
「それもあるけどな。夢崎えると腑抜けて放課後勉強し、なおかつ同じクラスの馬鹿の面倒まで見てやってる奴に負けられねえんだよ」
むしゃむしゃと牛丼を頬張りながら、悠里はそう告げる。
昔から負けず嫌いでプライドが高い男だ。桃花は妹として、兄のそんな姿に少なからず好意を抱いている。いつも通りなんだと安心し、お茶を飲み干した。
「ふぅん、そっか。そういえばえる、さっきそんなこと言ってたなぁ。まあなんか先輩の前で泣いちゃったらしくて凹んでたけど」
「泣っ!? オイ、夏斗のやつは何しやがったんだ!?」
「いやいや、先輩は悪くないよ。なんでも柚木先輩のことを考えてるのを感じて嫉妬した挙句、『私だけを見て欲しい』なんて恥ずかしい台詞を吐いて泣き出しちゃったんだって」
「……なぁ、前から思ってたんだけどな。あの子ってもしかして結構────」
「だーめ。それ以上言っちゃダメだよ。えるはそんなところも可愛いんだから」
もしかして結構、面倒くさいのか? そう言おうとしたのを察した桃花に止められて、口を紡ぐ。
前から夏斗に話を聞き、薄々は感じていた。嫉妬深いところやすぐに泣き出すところ、自分以外の誰かに意識が逸れるのを嫌がるところなどなど。彼女には、面倒くさいと言われる要素がかなり多いのではないかと。
それを長所と取るか短所と取るかは人次第だが、少なくとも悠里はほとんど面識がないためとりあえず「可愛いけど面倒くさい子」という認識で話を済ませることにした。
夏斗とえる。二人は紛れもなく両想いだ。それは夏斗を近くで見続けてきた悠里も、えるを近くで見続けてきた桃花も承知の事実。
しかし、今そこに波乱が起ころうとしていることは、悠里にとって悩みの種である。
「桃花。その、さっき話に出てきた柚木って奴いただろ」
「うん?」
「今日、そいつが夏斗にご褒美をねだったんだ。全教科赤点回避できたら、自分のことを下の名前で呼んで欲しいって。これって、どう思う?」
「っえ!?」
ガタンッ。動揺した桃花は膝を机で打ち、小さく身悶える。
当然の反応だ。鈍感な夏斗以外がこの話を聞けば、揃って驚くことだろう。
何がそこまでいいのかは分からないが……今、彼は学校一の美少女とカレカノ寸前の関係でありつつも、えると揃って二大美人と並べられてもなんら遜色ない女性から、好意を向けられている可能性が出てきたのだから。
「これは波乱の予感だよ……。えるちゃん、その話を聞いて嫉妬したのかな……」
「さあ、な。そこんところは俺も分からんけど。まあでも柚木の気持ちが確定ってわけでもないし、何より夏斗とえるはその……あれなわけだからな。大丈夫だとは思うんだが」
「うーん……私は柚木先輩と早乙女先輩が結ばれる可能性ってところよりもえるのメンタルが持つかどうかが心配だよ。あの子、心臓がプラスチックでできてるんじゃないかってくらい脆いから……」
ガラスのハート、なんて言葉がある。メンタルが弱くすぐにヒビが入ってしまう的な使われ方をする言葉なわけだが。もはやえるの場合はガラスよりも脆いプラスチックハート。素手でも壊せてしまうほど、あまりにも脆弱だ。
「はっ、やめだやめ。もうこの話は終わろう。なんか辛くなってきたわ」
「あはは、おにいもそろそろ色恋沙汰の一つや二つ無いわけ?」
「あったらお前に相談してるっての。俺が心を許して話せる女なんてお前くらいしかいないんだからよ」
「えー、何々? おにいシスコン?」
「ばーか。シスコンじゃない兄なんていないんだよ。まあ少なくとも俺は彼女にするなら、もうちょっと静かで清楚な子がいいけどな」
「わ、私が清楚じゃないって言いたいの!?」
「髪の毛茶色に染めてる不良じゃねえか。中学までは綺麗な黒髪し────」
「わー、わーっ!! やめてよ!! 地味キャラはもう卒業したの!! せっかく中学の知り合いのいない高校に進学したんだから、バラしたら許さないからね!?」
「はいはい、わーってるよ。高校デビューの不良妹っ」
「ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬ……!!」
悠里は桃花との会話で身体が取れていったのを感じながら、千円札を二枚机の上に置いてリビングを出る。
「……よしっ。シャワー浴びてもうひと頑張りするか」
改めて、妹の存在は偉大だと思った。
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