第27話 早乙女、私にも同じように……

27話 早乙女、私にも同じように……



 時は少し戻り、数分前。三限終了の知らせを告げるチャイムが鳴ると同時に各々が自由に喋り、ざわつき始める休み時間。教室の端の男子生徒を、二人の生徒が取り囲んでいた。


「ねぇねぇ早乙女。いきなり教室飛び出して行ったけど、何かあったの?」


「は、腹痛くなった」


「本当かぁ? あっ……もしかしてシコッ────」


「それ以上はやめとけ柚木。突発的なその辛さは男子にしか分からんもんだ」


「なあお前ら何の話してる? マジで何の話してんの!?」


 ガタッ、と勢いよく椅子を引き立ち上がる夏斗に向けられるのは、懐疑的な視線。ただ腹痛を起こして授業を抜け出したのだと思っている者は、ここには一人もいなかった。


「……分かったよ。話せばいいんだろ話せば」


 夏斗は気恥ずかしくなりながらも、これ以上誤解を生むよりはマシかと正直にあった出来事を話した。


 えるが外でケガをしているのを見ていてもたってもいられなくなり飛び出して、保健室に連れて行った事、その後も少し隣で介抱していた事。当然、布団の中に引き摺り込まれた事までは話してはいないが。


「男女が二人きり、保健室……。天音さんや、これはエッチな波動を感じないかい?」


「感じますな。めちゃくちゃ感じますな。あらやだふしだら。これだから最近の若い子は」


「何なんだよそのキャラ……」


 急におじさん化する紗奈とオネエ化する悠里に「性別的に逆だろ」と内心ツッコミを入れつつ、背後に回って頬をつついて茶化してくる紗奈の手を払う。


「全く、童貞君はこれだからいけないにゃぁ。いける時にいっとかないとタイミング逃しちゃうぞ?」


「そうだぞ。まあ俺はお前があの子で童貞捨てたらなんかしたら容赦なく叩き殺すけど」


「うるせぇ、こっちにはこっちのタイミングが……って、何言わせんだ」


 まるでさもえると”そういうこと”をする前提のように話してしまい、すぐにそれを訂正した夏斗だが。紗奈はニヤニヤとしてやったり顔をしていてすでに手遅れだった。いつものイジリモードだ。


「ケダモノだぁ。ここにチェリーのケダモノがいるぅ〜」


「なっ!?」


「ふふっ、やーいケダモノ。さっきから顔赤くして変な想像してんのバレバレなんだよー!!」


 ガバッ、と抱きつきながら、夏斗の黒髪をくしゃくしゃと掻き回してそう言うその姿に、それまで気にしていなかったのに一瞬妄想してしまう。


 あの時、えるのお腹に触れていたら。先生がいなくなった後、逃げなかったら。えると……そういうことをする流れになっていたのか。


(いや、いやいやいや! 無い! それは絶対に無い!!)


 そんなチョロい流れになるのは漫画の中だけだ。そもそもえるはそんなにエッチな子じゃない。手を出そうもんならビンタされる可能性だってある充分に危険な状況だった。


 と、冷静に分析する夏斗だったが。本人の想像とは反してえるがただお腹に息を吹きかけられ続けただけで理性を失いかけていたことは、知る由もない。


「もぉ。……私も、ケガすれば同じように心配してくれるのかな」


「あ? 柚木今なんか言ったか?」


「は、はぁ!? 言ってないよ! 早乙女は童貞のくせにムッツリ変態だったんだーって思っただけだし!!」


「言ってるようなもんじゃねぇかそれ!? テメェッ!!」


 キーン、コーン、カーン、コーン。


 焦る紗奈に掴みかかろうとする夏斗の耳に、次の授業を始めるチャイムが響く。ハッと気づいて前を見ると、既に授業担当の教員が教壇にいた。


「ふんっ。ばぁか」


「クソ、逃げられたか……」


(? なんか今、柚木の奴顔赤かったような……?)



 始まる授業。皆の意識が切り替わる中で微かな違和感に気づけたのは、悠里一人である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る