第23話 先輩、いつでも駆けつけてくれますか?1

23話 先輩、いつでも駆けつけてくれますか?1



 コンコンッ。木製の扉を、小さくノックする音が響く。


「は〜い」


 白衣を着た保険教諭、田中千秋の返事を聞いて扉を開け、中に入ってきたのは二名。一人は男子生徒で、もう一人はその胸の中でお姫様抱っこをされたジャージ姿の女子生徒。


「……ん?」


 一瞬何のことやら分からなくなりながらも、千秋はとりあえず話を聞く。


「ど、どうしたの? ケガか何か?」


「はい。コイツが体育中に外で転んだんです。特に大きなケガとかは無いんですけど……休ませてやってくれませんか?」


「そう、なんだ。ほぉ……」


 千秋は思った。「いや、なんで片方制服姿なんだよ。お前体育サボってたのか?」と。


 男子と女子で分けられる体育だが、同じクラスであれば種目は違えど必ず体操服に着替えて運動しているはず。だというのに片方は明らかにそんな様子が無い。というより、もはや同年代のように見えない。


(……まあ、別にいっか)


 しかしこの女、適当な性格であった。何よりも早く、今中断されてしまったスマホゲームの続きがしたかった。本来であればただちょっとケガをした生徒をベッドで休ませるのもどうかといった感じなのだが、診断書は適当に弄れる。念のため検査していたとか消毒していたとか書いておけばこの授業の残り時間中休ませることくらい、造作もない。


 そんな職権濫用をしでかすくらい、早くゲームを再開したかったのだ。


「分かった。今誰もいないからそこのベッド使って? 付き添いの君は早めに戻ってね」


「ありがとうございます」


 シャッ、とカーテンを開けて、えるをそっとベッドに下ろす。無抵抗にころんと転がった彼女は、そっと被せられた布団に身を包んだ。


「ご、ごめんなさい。こんなところまで付き添わせてしまって……」


「ううん、気にしなくていいよ。元々えるの事が心配になって飛び出してきたから」


「へっ!? わ、私のことを心配して!?」


 夏斗は、授業中に外を見ていたら……という事情を説明した。えるは鈍臭くボール一個で足をもつれさせてこけてしまったところを見られていたのだと羞恥心でいっぱいだったが、それよりも。夏斗が自分のために来てくれた事が嬉しくてたまらなかった。


(先輩……)


 長いジャージの裾を指で握りながら、彼の優しさに対しドキドキを抑えられない。いくら教室から見ていて心配になったからと言って、授業まで抜け出してしまう人は中々いないだろう。でも、彼は平然とそういう事をしてのけるのだ。


 いつも優しくて、かっこよくて。頼りになる。彼のそんな姿に、惚れたのだ。


「あ、ありがとうございます。えへへ……先輩の顔を見たら痛みがちょっとずつ引いてきました」


「そりゃよかった。俺なんかの顔が鎮痛剤になるなら安いもんだ」


 そっ、とえるの紫髪に手を伸ばし、夏斗は頭を撫でる。


(あ、なでなで……)


 えるは頭を撫でられるのが大好きだ。女としてではなくペットのように見られているのではないかと思ってしまう事もあるけれど、その手のひらに包まれると温かさで心がほんわりと癒される。改めてかな人が好きなのだと、ハッキリと自覚できる。


「もっと、撫でてください。気持ちいいです……」


「はいはい」


 気づけばその手に頬擦りをしながら、おねだりをしていた。


 ずっとこの時間が続けばいいのに。この時間をもう一度手にするには、どうすればいいんだろう。そしてふと頭に浮かんだ考えが、ある言葉を漏れさせる。




「先輩……私がまたケガをしたら、こうやって駆けつけて……頭を撫でに来てくれますか?」

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