第17話 える、先輩を魅了しちゃお?

17話 える、先輩を魅了しちゃお?



「むむむ、むむむむむ……」


 えるは今、猛烈に悩んでいた。


 朝、夏斗と一緒にいるのを目撃した人物柚木紗奈。彼女の履行を始めてすぐに分かったこと。それは、自分がほぼ全ての面において劣っているということだった。


 教室の中をこっそり覗くと彼女は女子とも男子とも分け隔てなく楽しそうに会話しており、周りも同時に明るくなっていく。まるで向日葵のように明るい人で、陽キャのコミュ力の塊。


 極め付けは授業中、窓の外を眺めた時に夏斗のクラスが体育をしていた時のこと。後に聞くと陸上部だったらしい紗奈は、運動面でも化け物じみた性能を発揮していた。初めのランニングから明らかに速いし、ソフトボールでは外野で明らかなホームラン球を爆速で取りに行き、瞬発的にフェンスを登ることでキャッチすることも。


(運動能力、コミュ力、おまけに容姿まで。あの人……めちゃくちゃスペックが高いよぉ……)


 はぁ、と机に突っ伏しため息を吐くえる。五限を終えあと一時間で授業が終わり夏斗と会えるというのに、テンションが上がらない。いつもならもうソワソワし始める時間帯だ。


「え〜るっ。およ? なんか今日は元気無いね。休み時間もすぐ飛び出して行ってたけどなんかあったの?」


「桃花ちゃん……」


「わっ、どうしたの!?」


 桃花の包容力に当てられて。えるは目から涙をこぼし、その胸に飛び込んだ。


「私、おっぱいしか勝てるところが無いよぉ……」


「え、えっ? ほんとに何の話!?」


 えるを慰めるのはお手のもの桃花も、その発言には度肝を抜かれた。とりあえず頭をなでなでしながらそっと抱きしめて、ちゃんと話せるようになるのを待つ。


 そうして十分しかない休み時間のうち五分ほどを消化した頃。ようやく泣き止んだえるから事情を聞いた。


 どうやら柚木先輩という人がえるの愛しの先輩のクラスメイトで、運動能力、コミュ力が高すぎる上に美人。えるは先輩を取られてしまうのではないかと危惧している。


 柚木紗奈。バドミントン部所属の桃花でも知っている、ちょっとした有名人だ。なんでも最近地区のそこそこ大きな陸上大会で二位と圧倒的な差をつけて優勝したとか。


 だが、桃花はそれらも踏まえて素直に思った。


(いや……えるが負けるなんて有り得ないんだけどな。相手が誰であれ、早乙女先輩が好きな人はえるな訳だし)


 えるはすぐに泣くし、自信がなくてぐずぐずで。メンタルも不安定でヘラることばかりの面倒臭い女の子だ。


 しかし桃花は知っている。夏斗はそんな彼女を確実に好きであり、既に嫌いだと思っているのならとっくの昔に関係を切っているであろうことを。それだけちゃんと相手を魅了できる力が備わっている事を、えるは未だに自覚できていない。


(ならいっそ、自覚させちゃう?)


 パチンっ。心の中で指を鳴らした桃花の頭に、名案がよぎる。これならえるに自信をつけさせてかつ、上手くいけばいい加減先輩が自分のことをどう思ってくれているのかを知る機会にもなるのでないか。そう予想できるほどの、素晴らしい案が。


「よし分かった。そんなえるに、私から作戦を授けよう」


「作、戦……?」


「ふふんっ。使えるものは使えってね。えるが百パーセント先輩に勝てるところを使って、好意を自分に引き寄せるのだ!」


 そっと作戦内容を耳打ちし、えるに伝える。途端かあぁっ、と顔が赤く。加えて熱くなり慌てふためく彼女だが、やがて授業開始を知らせるベルが二人を引き剥がす。桃花に対して反論できる隙も無いまま、えるはその作戦を静かな頭の中で何度も反響させることとなった。


(さぁて、どうなるかなっ♪)



 実行するのは放課後、下校時。生憎今日は用事があり跡を付けることは出来ないが、明日ゆっくりと話を聞かせてもらおう。桃花は、授業中もずっと一人もじもじと恥ずかしそうにするえるを眺めながら、ニヤりと笑った。

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