第13話 先輩、寄り道に付き合ってください

13話 先輩、寄り道に付き合ってください



 十五分。これは明星高校から二人の家まで、最短距離を歩いた時にかかる時間である。


 しかしようやく叶った愛しの夏斗との帰り道を、そんなちんけな時間で済ませてしまっていいのだろうか。


(先輩と、もっと長く一緒にいたい……)


 いつも通りの道をそのまま帰ってしまっては、すぐに別れることになる。えるは必死に頭を回し、それを回避しようと思考を巡らせる。そしてすぐに、解決策を思い浮かべた。


「先輩、少し寄り道に付き合ってくれませんか?」


「え? あー……まあ別にいいけど」


 そう、寄り道作戦である。


 える自信、当然まだ寄り道のプランなどない。だがいつもと少しだけ違う道を通り、遠回りで帰れば。何か良さげな場所が出てくるだろうと踏んでいた。


「なあえる。その、寄り道するのはいいんだけどさ。……手、そろそろ離してくれないか?」


「そ、それだけは絶対に嫌です」


「いやでも、周りからの視線がだな」


「先輩は……私と手を繋ぐの、嫌ですか?」


 きゅっ、と握る手の力を強め、えるは問いかける。


 好きな人と手を繋ぐ。そんな至高の行為を、何としても守り抜きたい。彼女だって当然恥ずかしい気持ちはあるが、それ以上に。夏斗と手を繋いで隣を歩けることが嬉しくて仕方がなかった。


 でもそれはあくまで、える個人の感情。手を繋いだのは自分からだし、夏斗がどう思っているのかは分からない。恥ずかしい、だけならまだいいかもしれないけれど、ウザがられているかもしれない。嫌われているかもしれない。少しだけ……怖かった。


「嫌なら、やめます。先輩に迷惑だけは、かけたくありませんから……」


 思い返してみれば、今日は何度ウザいと思われても仕方のないことをしただろう。半ば押し切るように一緒に帰ることを頼み込み、放課後は後をつけてその上こけて。部活中ももしかしたら、自分がいた事は目障りだったのではないか。


 一つ不安がよぎるたび、幾重にもそれは広がって自分の中で伝播していく。


────この男が今何を考えているのか、知りもせずに。


(よ、寄り道ってつまり……デートだよな!? というか手を繋ぐのが嫌かって? 嫌なわけねえだろぉぉぉ!? ただドキドキしすぎて心臓がもたねぇッッ!!)


 この心の声を彼女が知ることができたら、どれだけ安心できたことか。だが勿論この声は伝わることはない。


 伝わることはない、が。夏斗はえるを不安にさせていることそのものはしっかりと感じ取っていた。自分が言うべき言葉も、分かっている。


(もう目がうるうるしてきてる。えるのやつ、そんなに俺と手を繋いでいたかったのか?)


 鈍感な夏斗は、それが意味するその先の感情には行き着くことはできないけれど。この三ヶ月、何度も彼女と言葉を交わし、一緒に時を過ごした。それは決して長い期間とは言えないかもしれないが、彼はその期間の中で自分の心に一本の芯を通していた。


(えるを悲しませるようなことは、絶対にしない。手を繋ぐ? 上等だ。やってやる! 俺が恥ずかしさにさえ耐えられれば、えるを不安にさせることはないんだ……ッ!!)


「嫌なわけ、ないだろ。ただちょっと……ちょっとだけ、恥ずかしかった。えるみたいな可愛い子と手を繋いで歩くのはドキドキして、俺が耐えられなかっただけなんだ」


「……へ?」


「でももう大丈夫。少しずつだけど慣れてきた! まあまだ心臓の音、バクバク言ってるんだけどな」


「か、可愛……はわっ!? え、えと、えっ!? うぇ、あ……ぁっ」


 ぷしゅぅぅぅぅ。夏斗の想定外の切り返しに、えるの脳内がオーバーヒートする。


 可愛い、一緒に手を繋いで歩くとドキドキする。そんな嬉しい言葉を投げかけてもらえるとは思っていなかったのだ。


(し、心臓の音、うるさい……こんなにドキドキしてたら先輩に音聞かれちゃうよぉ!!)


 豊満な胸元をそっと小さな手のひらで押さえるが、音は鳴り止まない。激しく乱舞するように身体中に響き、熱に身体中が覆われた。


(ズルい……こんなの、ズルい! なんで先輩はいつも、こんなに私が喜ぶ言葉ばっかり!!)



 二人の下校デート(?)は、まだまだ続く。

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