第9話 後輩、まさか尾行していたのか?

9話 後輩、まさか尾行していたのか?



 放課後。帰りのホームルームを終えた夏斗は、その場で立ち上がる。この後はすぐに部活だ。


「行くぞ夏斗」


「おうっ」


 明星高校バスケ部は、お世辞にも強いとは言えない。ランク付けするなら中の下。練習試合での戦績も今ひとつ上がらない状態が続いている。


 その主な理由としては、圧倒的な初心者の多さ。性格やチームワーク云々ではなく、そもそも初心者から始めた者が多いため悠里と夏斗しか目立ってバスケをできる者がいない。


 だが、二人はそれでいいと思っていた。何故ならば今も部活を続けるのは勝ちたいから、上手くなりたいからという側面よりも「楽しみたい」というのが強かったからだ。そもそも本気でプロなんかを目指すなら、部活ではなくどこかのクラブチームに入っている。


「確か今週末は土曜日に練習試合が入ってたから頑張らないとな。やっぱやるからには勝たないと面白くねぇ!」


「だな。相手地区大会ベスト8入ってるとこだけど頑張ろうぜ」


「……マジ?」


「おいさっきまでの威勢はどうした。変な汗かいてるぞ」


 二人で談笑しながら靴を履き替え、体育館への短い道のりを歩く。既に強豪レベルのサッカー部や陸上部なんかが大急ぎで練習環境を整え恥じているのを見て、少し胸元をざわつかせながら。


 楽しみたい側面が強いとは言ったが、本気で取り組まないとは言っていない。大会で結果を残す彼らのピリついた練習風景を見て、思うところが無いわけではなかった。


(単純だな、俺)


 まあ要するに感化されてしまったのだ。そしてそれは隣の悠里も同じようで、さっきまでゆっくりだった歩みは走りへと変わった。


────後ろから自分達をコッソリ尾行している存在には気づかずに。


「う、嘘!? なんで走るの!?」


 校舎の影からちょこんと顔を出して様子を伺っていたのはそう。当然のごとくえるだ。だが一定の距離を保っていた尾行も、突如走り出す二人を見てそのままではいかなくなる。およそ五メートル後ろにいた彼女は同じように、歩行速度を速めた。


 が


「わ、わわっ!? ふぎゃっ!!」


 突然のことに脚がもつれ、こけた。


 何を隠そうこの女、大の運動音痴である。体力、瞬発力、腕力走力脚力全てが最底辺。そんな彼女がいきなり駆け出せば、こけてしまっても当然だ。


 しかし幸運だったのは、無意識に声を出しながらこけたこと。その慣れ親しんだ声に、反応してくれる男がいたこと。


「える!? お前、大丈夫か!?」


 自分を置き去りに悠里と走っていったはずの夏斗が、その声を聞き即座に戻ってきてくれたのである。正面から盛大に顔を打ち、手をつくことが出来ずにその場で蹲る彼女の身をそっと起こして、声をかける。


「うぅ、痛いです……鼻打ちましたぁ……」


「何やってるんだよ。鼻、ちょっと赤くなってるぞ。他に痛いところはないか?」


「ぐすっ、あうぅ。膝がちょっとヒリヒリしますぅ」


「ん、見せてみ」


 パンストに包まれた脚を伸ばさせ、ついている小さな小石を払って。さすさすと無傷のその場所を摩りながら、夏斗は安堵の息を漏らした。


「大丈夫。ケガはしてないみたいだな。よかった……」


 背中を手で支え、丁寧に上半身を起こしてくれる夏斗の横顔に、涙目になっていたえるの全身から痛みが消えていく。それどころか次はドキドキで胸の鼓動が高まり、耳の先が赤くなった。


「それにしてもえる、こんなところで何してるんだ? この先には体育館しかないけど」


「へ、へっ!? これは、その……えっと……」


「もしかして、俺のこと追いかけてきてたりしてた?」


「……ひゃぃ」


 そんな動揺した状態で、ストーキングのように尾行していたことを隠し切れるはずもなく。言い訳の一切浮かばないえるは、正直に頷いた。


(怒ってる? 先輩に、嫌われた……?)


 不安だった。何を言われるのか想像がつかなくて。もしかしたらやっと交わせた一緒に帰る約束も、無くなってしまうのではと。


 だが────


「嬉しいけど、次からはこけないようちゃんと気をつけてな? ほら、立てるか?」


「は、はい。えっと……怒ってないんですか?」


「怒る? なんで?」


「え? いや、だって……」


「俺はえるが部活に応援来てくれるんだって思うと、嬉しかったよ。そのせいで急いでこけるのはダメだけどな」


「っ!!」


 ああ、なんでこの人は。ここまでカッコいい台詞をサラりと言えてしまうのか。怒られる覚悟をしていたのに、実際には心配な言葉をかけてくれた上に自分の行いに嬉しいとまで言ってくれた。


 鼓動が、更に速まっていく。激しくなって、周りを行き交う生徒全員に聞こえてしまうのではないかというほどに身体中に響いている。好きな人が相手だと、こんな何気ない一台詞が何よりも嬉しい。


「じゃ、俺は先行ってるからな! えるはゆっくり来いよ!!」


「……」



 その場に一人取り残され、途端に恥ずかしさが限界突破したえるは。しばらくその場で数分ほど、真っ赤にした顔を覆って立ち尽くすのだった。

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