第10話 小次郎の同窓会殺人事件
ワシは刑事・犯道和罪。結婚の邪魔をしてくる元カノを殺す予定だ。
死亡推定時刻をズラしてアリバイを確保しつつ自殺に見せかけて殺す。タイミングは同窓会。他のメンバーが結婚して幸せなのに元カノは独り身。思い詰めて自殺、という筋書きだ。
さて、死亡推定時刻をズラすには何通りかの方法はあるが、今回ご紹介するのは『死後硬直の操作』。詳しい原理は説明すると長くなるが、早い話が「激しい運動した後に殺せば、何時間も前に死んだ事になるよ」ということだ。
そう、まるで武蔵坊弁慶の立ち往生のように!
ここで問題になるのが、殺す前にさせる激しい運動。温泉旅館で可能な運動といえば卓球しかない。
卓球で弁慶の立ち往生並みの激しい運動を? 衣川の戦いを長さ2.74m幅1.525mの長方形の盤上に再現? やるしかねぇだろ和罪!
そしてその日はやって来た。同窓会。久々に顔を合わせる。今日のワシのアリバイを証明するメンバー。
その中に明智小次郎一家もいる。この明智。元刑事にして今は探偵。数々の事件を解決に導いている。とはいえ所詮は推理しているだけ。いわば会議室の人間。
ワシは捜査したり聞き込みしたり推理したり、事件解決に日々尽力する現場の人間。負ける要素は一つも無い。何故なら事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているのだから!
さて皆揃ったところで、トリックの仕掛けに取りかかろう。
まず、この後で元カノと約束をしているのを承知の上で皆を卓球に誘う。
約束を破ると激怒する性格通り、元カノは卓球には参加せずに部屋で不貞寝。
一方ワシはしばらく遊んでから、花火大会の場所取りの時間に後片付けを引き受けて皆を旅館から追い出す。
次に元カノを卓球に誘い、この日の為に仕事そっちのけでトレーニングしてきた卓球の腕前を発揮。元カノの負けず嫌いな性格を利用すれば、煽れば煽るほどハードになる衣川卓球に早変わり。ものの数分で汗だく女弁慶の出来上がり。
そこですかさず「写真はお前の荷物から抜き取ってある」と嘘を伝え、部屋に急いで戻るように誘導。花火の音に紛れさせて拳銃を発砲!
仕上げに元カノが汗だくなままだとトリックがバレる可能性があるから、彼女が今着ている浴衣を着替えさせ、自殺に見せかけるために拳銃を持たせれば終了・・・
と思った矢先に事件は起きた。階段を駆け上がる足音が聞こえてきたのだ。
旅館の従業員ではないだろう。状況的に考えれば仲間の誰かが忘れ物を取りに来たのか。元カノを起こしに来るヤツはいるまい。彼女の寝起きの機嫌は最悪なのだから。
いや。ワシの刑事の勘が叫んでいる。万が一の事ってのは起こる時には起こるもの。ワシは窓から隣の部屋に移り、急いで廊下に飛び出した。
ギリギリ。そこにいたのは由美を親切心から起こしに来た明智のとこの娘さんとアーサーくん。
娘さんはワシの火照って汗だくの様子を見て「どうしたんですか?」と聞いてきたが、ワシは咄嗟に「温泉に入っていた」と説明できた。この火照った体は卓球のせいだし。汗は全部ダラダラの冷汗で、正直言って今から風呂に入りたいけれど。
ということもあり花火大会に行くことになったが、旅館1階でまさかの同級生夫婦と遭遇。
この夫婦、花火大会には直で向かわず旅館に残って露天風呂に入っていたのだ。危っねぇ。トリック中に遭遇していたら一発アウト。それにさっきのワシの温泉証言も矛盾するところだった。
幸い、2人が入っていたのは大浴場じゃなく露天風呂。もしも旦那のほうに大浴場、妻のほうに露天風呂に入られていたら、ワシの温泉の逃げ道が潰されていたわけだ。37歳にもなって夫婦そろって混浴の露天風呂に入る。お盛んな愛に感謝!
そして花火会場に到着。
ワシはすぐに人混みに紛れてアーサーくんたちから脱出し、旅館に戻って自殺工作の続きをガサゴソと。
死後硬直が……進んでいる……だと!? 体の硬さは浴衣に着替えさせるには困らない程度だが、指は卓球のラケットを持ったシェイクハンドのままカッチカチ。幸いラケットを外して拳銃を持たせることはできたが、引き金に指が入らない。ペンハンド持ちじゃなかっただけマシか。あっちだったら不自然すぎて詰んでいた。
その後、再び花火大会にシレッと戻って皆と合流。
このタイミングで1人だけ後で合流ってのはちょっと不自然な感じがするかもしれない。
と思っていたが、結局すごい人混みでワシ以外もバラバラのまま。
明智が皆のために確保してくれていた席が無意味に。ワシにとっては好都合な有意味だけどな。
そして不機嫌な明智と旅館に戻り、晩飯の席を囲んだところで「そろそろあいつを起こしに行こう」となり死体とご対面。
このショッキングな場面、当然ワシもショックを受けた演技が必要。それに加えワシは現職の刑事としてのリアクションも求められる。
友人を失った驚きと悲しみを抱きつつ、刑事としての使命感を思い出して対応しようというポジション。そう、それがワシのポジションに求められる微妙な塩梅。
「触るな!この場には刑事のワシと、探偵の明智以外は入っちゃいかん!」
口が自然と動いた。すっごく刑事っぽい台詞だ。刑事なんだけど。
その後、明智と一緒に検死をした結果。死亡推定時刻は午後3時ごろ。ワシたちが卓球を始めた頃だという結論が出た。
危ねぇ…本当に危ねぇ。
もっと激しく卓球をしていたら、さらに死亡推定時刻が前にズレて、下手したらワシたちが卓球する前の談笑していた頃に実は死んでいたということになっていた。
ホラーじゃ説明つかねぇだろ。
だが終わりよければ全てよし。これで自殺ということでケリがつくことに…
「どうやって自殺したのかな?」
急にとんでもないことを言い始めたのはアーサーくん。子供に死体を見せるのは教育に良くないだろ。
だがこの言葉に明智が走った。すぐにバレた。拳銃自殺したなら発砲時に出る高温の熱風で傷跡に火傷の痕が残るはずだと。つまり他殺。
まさか渾身の自殺工作が、ものの数分でバレるとは。
だがそれはそれで別に問題なし。ワシだけじゃなく皆にアリバイがある。むしろ外部犯の可能性を追求しても無理のない展開。
こうしてどうにか外部犯を疑う流れが生まれる中、警察の到着は2時間かかることが分かった。遅ければ遅いほどワシにとっては好都合。詳細な死亡推定時刻の判定が難しくなる。
もちろん最初からワシは分かっていた。何故なら今は花火祭りの時期だと知っていたからね。あちこち渋滞して警察がすぐに来られないのは自明の理。
そのせいで旅館の従業員さんたちの混乱を収拾させる役目がワシに回ってくるのも自然な流れ。
明智がトイレに逃げて行ったせいで、ワシ1人で何人もの一般市民を相手に。
疲れているのに。ワシすっごく疲れているのに。
戻ってきても明智は何かブツブツ独り言。ワシのワンオペ続投。
そんな明智を邪魔するアーサーくん。
端から見ればザマァな邪魔なんだけど、妙に事件の核心に迫るような物言いというか・・・この子の発する全ての言葉が事件のヒントに聞こえてくる。
これってワシが犯人だから? 図星だから?
「弁慶って立ったまま死んだんだよね?」
自由奔放なだけだった。アーサーくん、明智の相手に飽きて従業員さんに話しかけはじめた。子供だからな。心配して損した。
「わかったぞ!」
突然の明智の大声に驚くワシ。何が分かったって?
「犯人は、お前だ!」
そう叫んで明智が指差したのは、もちろんワシ。マジか。
そこから咲き乱れる明智の名推理。だがよくよく聞いてみると状況証拠だけ。決定的な証拠が出てこず「そんなもの、知識さえあれば誰でもできる」でゴリ押し通用しそうな展開に。
ひょっとしてワシの勝ち?
「馬鹿だなぁおじさん、この名刑事さんが犯人なわけないでしょ」
急にワシを褒めてくるアーサーくん。でも名刑事とは?
「だってそうでしょ? このおじさん、血だらけの人を見ただけで死んでるってわかっちゃったんだよ」
やらかしていました大失態。普通なら真っ先に呼ぶべき救急車を、死亡を知っているワシだから思わず警察だけ呼んじゃっていた。
まさか自分の演技力に足元を掬われることになるとは・・・
こうして、謎は全て解かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます