第3話 闇の男爵殺人事件
私は平髪犯子。兄を自殺に追い込んだハッカーをミステリーツアーにおびき寄せて殺そうと思っているわ。
おびき寄せる方法は単純。コンピューターウイルスの情報をエサにするだけ。もちろんそんなモノ持ってないけどね。私も婚約者と一緒にツアー参加者の1組として潜入するわ。
ただ予想外だったのは他の参加者に探偵の明智小次郎の一家がいたこと。
何それ私、今から殺人する予定なんですけど。ちゃんとツアーの当選者は吟味したはずなのに。
だけど私は何を隠そう、今回のツアーのモチーフにさせてもらった推理小説シリーズの大ファン。その小説のことなら誰にも負けない自信がある女よ。そんなミステリーマニアが考えたトリック。負けるはずが無い。
よっぽど原作者先生や、そのご家族でも現れない限りはね。
だけどやっぱり心配。モノホンの探偵、やっぱ怖い。追い返さなきゃ。
そこで私は明智探偵のとこのアーサーくんに目をつけたわ。この子を襲えば「コンナ危ない所にはいられない!」ってなって退散してくれるはず。アーサーくんがバルコニーで1人になったところを背後からドーン。背中を押して下に突き落としてやったわ。大丈夫。死にはしない。だって下はプール。今は夏だから濡れても風邪引いたりしない。
・・・やっちゃった?
突き落として1秒で気付いちゃったけど、ホテルの夏のプールって基本お客さんがいっぱい。下にいる人にぶつかったら・・・普通に死ぬわ。勢いに任せてとんでもないことしちゃった。後悔先に立たず。
でも私は運に恵まれていた。アーサーくんは絶妙に他のお客さんの間に落ちて怪我無く着水。私もコスプレ姿を誰にも見られることなく近くのトイレに移動することに成功。
これできっと明智探偵も帰ってくれる。あとはトイレで着替えて部屋に戻って、ドレスに着替えてレストランでディナー。その後でハッカーを殺すだけ。
にはならなかった。
レストランで待ち構えていたのはまさかの明智小次郎。えっ? 子供が死にかけたのに、顔色一つ変えず平然と酒飲んでる。
予想外。にこやかに見えた一家に児童虐待の黒い影があったなんて。ちゃんと観察するべきだったわ。アーサーくんの身体に虐待の痣があったりしないか。それを怠ったから私は虐待の被害者に酷い事をしてしまった。ショック。
しばらくするとアーサーくんがお姉さんと一緒ににこやかに参加。
お姉さんはどっち側かしら。それ次第で闇の深さが変化するこの一家。標的のハッカーばかりに気を取られていたけど、今度はしっかりと他の人を観察しないと。
まずはアーサーくん。見たところ痣らしきものは無し。お姉さんも同様。
明智小次郎は・・・あれれ、おっかしいぞ? 首に痣があった。しかも細い針で何度も刺されたような痣が。
・・・・・?
この謎は私には難度が高すぎる。やっぱりハッカーだけ見ることにしましょう。
さぁトリックの始まりよ。
まずは婚約者を部屋から追い出して、代わりにハッカーを部屋に誘い出して睡眠薬で眠らせる。
次に無防備になったハッカーの服を着替えさせる。地味にムカつくのが、ハッカーも例のキャラと同じ髪型ってこと。私も同じ髪型だけど。まったく真似してんじゃないわよ。お前の為に用意してたカツラもいらなくなっちゃったじゃないの。
あとはハッカーの服をハッカーの部屋に投げ捨てて、手袋をベランダに引っかけて、部屋の防犯ロックをかける。こうすることでハッカーがコスプレしてベランダからにうっかり落っこちたように見える。
そしてハッカーを私の部屋から突き落とす。これで全てが終わる。気付いたらもう10時。早くお風呂に入りたい。このトリックのせいで私に臭い移りしたハッカー臭を洗い流したい。ということで勢いのままドーン!
やっちゃった?
考えてみればこの窓の下ってレストランなのよね。まだこの時間お客さんもいるかもしれない。巻き沿いさせちゃったかもしれない。
サーっと頭から血の気が引く音が聞こえる中、私は勇気を振り絞って下を覗いた。するとなんということでしょう。ハッカーはレストランの中央にある、剣を掲げた騎士の銅像の、ちょうど剣の所に突き刺さったではありませんか。被害者ゼロの奇跡!
神に愛されてる? 私、重力の神に愛されてる?
でも愛に浸ってる暇は無いわ。すぐにホテルのフロントにモーニングコール依頼をかけて、私のアリバイを確保。これにて本当にミッション完了。
その後ホテルの下のレストランは大騒ぎになったから、私は自然な流れで婚約者と一緒にレストランに降りることに。
するともう警察と明智探偵が捜査していて、ハッカーの死を事故死として処理中。計画通り♪
「あれ? おかしいよこれ」
アーサーくんのひとことで状況は一変。どうやらベルトの付け方が逆なのと、ネクタイの結び方がハッカーのいつもの結び方と違うのを発見したみたい。
このせいで『誰かに着せられた』可能性が濃厚になって、ものの数分で自殺ではなく他殺だって推理されちゃったわ。
その後、私を含めてツアー参加者の事情聴取開始。
このミステリーなら当たり前の展開。私には切り札がある。それはアリバイ。事件発生直後にフロントにかけたモーニングコール依頼の電話がね。
でも今回それはあえて使わない。何故って? アリバイが無い容疑者ってのは、ミステリーだと犯人じゃないって展開が多いからよ。
そしてそういう登場人物は、後になって些細な会話からアリバイが証明されるもの。だから取り調べで私が話すアリバイは『事件発生時刻に観ていた映画の内容』だけよ。
ただ私不満。こんな映画の内容なんて証拠にならないのは私も重々承知。だけど明智探偵、取り調べが面倒なのか映画の内容をマトモに聞こうともしないの。
あのね。これは私がちゃんと前もってこの地域の番組雑誌を買ってきて、レンタルビデオで映画の内容を予習してきたのよ。手間がかかってるの。この捨てアリバイに! ちょっとくらい耳傾けなさいな明智探偵! 腹が立つ。
その後、取り調べが終わりアーサーくんとお姉さんと一緒に部屋に戻る私。
エレベーターの中でも私の口から出てくるのは愚痴。それを聞いてくれる2人は良い子。そして今がチャンス。さりげなく私が決定的なアリバイを話すタイミング。
私は『犯行直後の時間にホテルのフロントにモーニングコールを頼んだ』ってことを2人に話したわ。ミステリー物のドラマだと、この何気ない会話から出てきたアリバイは鉄壁。非犯人フラグ。
2人は私のアリバイが証明されることを自分の事のように喜んでくれたわ。なんて良い子達なの。はぁ、なんて居心地がいいエレベーター。この余韻が永遠に続いてくれないかしら。
その時、開いたエレベーターの扉から覗く顔に、私の血の気はサーっと音を立てて引いていった。そこ立っていたのは、私がハッカーの死体に着せたコスプレ衣装の男。
えええええええええ!?
驚愕の展開すぎて色んなものが追いつかない。
その衣装、死体と一緒に警察が管理しているはず。しかも使わないから私のカバンに片付けておいたカツラまでつけて。
いやいや、ありえないありえない。普通に考えてこれは、偶然ホテルに泊まっていたコスプレ好きで夜中に徘徊する変質者。
そうじゃなかったらカツラの入った私のカバンを漁ることができる唯一の人物。私の婚約者だけ。
部屋に戻って確認したけれど、やっぱりカツラは消えていたわ。だけど婚約者は私に何も言ってこない。
これってどっち? 私が犯人だってバレた? それか私が趣味でカツラを旅行に持ってくるイタイ女だと思っただけ?
そんな矢先にまさかの警察からの再招集。わけも分からぬままレストランに呼び出された私達。今から明智小次郎の推理ショーがおこなわれるそうよ。
まさか真相に辿り着いたってこと!? 私の渾身のトリックが?
という不安に胸が締め付けられた矢先に告げられたのは、衣装が盗まれた時に警備していた警官が空手の達人だったという情報。そして私の婚約者は元・空手のチャンピオン。
そう、もうお分かりですね?
「そんな芸当ができるのはただ1人「お父さん!」」
明智探偵から告げられる冤罪の宣告に、待ったをかけたのはアーサーくんのお姉さん。なんと彼女、私の婚約者のアリバイを飛び込みで証明してくれたの。
これには計算外といった様子の毛利探偵。私にとっても計算外の想定外。もちろんイイ方向に転がっているわ。
そして明智探偵は苦し紛れに、容疑者で唯一アリバイの無いツアー参加者に矛先を向けたわ。「何を隠そう、彼は空手の達人!」って背後から殴りかかってね。
もちろん彼は空手の素人。可哀想に冤罪かけられて殴られ損。子供を虐待するような探偵はこういう無茶なことするから、これからは私も背後に気を付けないと。
って言ったばかりだけど背後ばかり気を付けていても駄目なのよ。
それは明智探偵が眠ったように座り込んで、おもむろに手を挙げた時に起こったわ。
「危ないから、像から離れてください」
そう言って明智探偵が注意を促した直後、無数の布団が空から落ちてきたの。
これは実験。容疑者それぞれの部屋から“人の重さと同じになるように重りを付けた布団”を落として、その落下位置を確認したもの。
他の部屋の布団は像から離れた場所に落ちていたけど、私の部屋の布団だけが見事に騎士像の剣に突き刺さっていたわ。というか危なすぎる。危ないどころじゃないわ明智探偵!
像から離れた場所にも、私たちのすぐ側にも落ちているんですけど。人と同じ重さの布団が。20階以上の高さから落とされた布団が。人間に当たっていたら即死レベルの危険が。さすがは虐待常習犯。やることが乱暴!
って私も人のこと言えない。だって私も落とす系でやらかしてたんですもの。
その後、咲き乱れる明智探偵の名推理。
謎は全て解かれた。
婚約者が私を庇って「俺が犯人だ」と言い出したけど、さすがにもう無理があるわ。
私ができることは1つだけ。精一杯、悪女を演じて彼に嫌われること。彼が他の女と新しい人生を送ってもらうため。
「まってるからな。戻ってくるまで、ずっとまってるからな」
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