第十六話:トゥーチョ、彼はロコイサ王の求める才

 黒い影に拐われた二人がいたのはビャコイヤ商店道・ボウテントイロク────────


 二人を連れ去った犯人こそ、ダブルホワイトコットンキャンディこと駄遊玩駄だゆがんだモチャオーチであった。捕まった際即座に抵抗ていこうしそうなトゥーチョが無言無抵抗でそのまま連れ去られたのは、サイコロ頭に尋常じんじょうではない圧をかけられながら動くことと喋ることを禁じると釘を刺されていたためであった。



 そして彼らが冒テントイ録へと連れて来られてから程なくしてやってきた夜──────


 シャッターが下ろされ電気が消されていた店内。にも関わらず問題なくおもちゃや駄菓子だがしが並ぶ様子が見ることができるのは入り口側から見て左側の奥、硝子ガラスドアごしからのモチャオーチの生活の光が少しだけ届いていたからだ。

 静寂せいじゃくの中、そこにいたトゥーチョがひそひそ声でサイコロ頭に聞く。


 「おいっサイコロ頭っ、もう喋ってもいいのかっチョ?」


 くるっ


 「…………。

 ああ構わん、おきなが戻って来ぬよう静かに話すならな」


 少し黙って硝子ドアの方を見てからサイコロ頭はそう答えた。


 「よしっ、チョれじゃあさっそく夕方の続きといこうじゃないかっチョ。まずっ、この状況とオマエが一体何者なのかを説明しろっチョッ!」


 「そうであったな……。

 では、まず第一マス目にだが───」


 ヒュッ


 その瞬間から数えて一度目のトゥーチョの瞬きの間にサイコロ頭は彼の視界から外れると、二度目の瞬きの間にはトゥーチョを石床へと押し倒していた。


 フッッッッ


 実際音がほぼ鳴ってないに等しかったその所作だが、トゥーチョ自身の受けた感覚はズッッドォォンッッッ!!ともの凄い衝撃と圧力で押し倒されたかのようなものだった。

 

 「我に対するその口の聞き方は処刑だなっ」


 「…………」


 声が出ず石床の上に背を張り付けたままガタガタと震えながら恐怖で視線を合わせられずで、ロコイサ王の体の隙間から天井を仰ぎ見ることしかできなかったトゥーチョ。


 「では第2マス目に、貴様を死のふちに立たせている我の名は──」


 そう言いながらサイコロ頭がトゥーチョからそっと手を放し、マントの中腰の後ろに手を掛けゆっくりと立ち上がる。


 「………!!」


 その瞬間何かを察したトゥーチョは、反らしていた視線をロコイサ王に向け大慌おおあわてで口を開いた。


 「あーーーっ!!……貴方様あなたさまにぃーーっ!!!……ご無礼な口の利き方をし死の淵に立たされている私の名前はトゥーチョと申しますッチョぉッ~~ッ!!」


 するとサイコロ頭は動きを止め、トゥーチョを見下ろし言った。


 「ほぉー……物分かりが良いな。トゥーチョと言ったか、お主にはやはり才があるようだ……………」


 ロコイサ王の言葉の後ろに空いた一瞬の間にすら耐えきれず、トゥーチョが恐る恐るサイコロ頭に聞く。


 「? なっ、なんのっ……才ですかッ……チョッ」


 「其は、今お主を死の淵に立たせていたこの我【ロコイサ王】の臣下になるために要ず才だ」 


 「ロ……ロコイサ……おう様です……っチョか?」


 「そうだ。トゥーチョよ、ロコイサ王国という国は知っておるか?」


 「ロコイサ王国…………もっ……勿論もちろんですっチョッ! ロコイサ王国と言いましたら、あのハレタカヨとシューヨイナの境にあるデカイ廃国はいこくのことですっチョねッ!!」


 (チョふぅ~っ……何か知らないとヤバいことになってた気がするっチョから、知ってて良かったっチョッ。

 あれっ? でも何か今、あせって変なことを言ってしまった気がするっチョけど……)


 「廃国か…………。あの国は、我と我についてきた皆とで築き上げた国なのだ」


 (はいこくゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!! ロコイサ王様の築き上げた国のこと廃国呼ばわりしてたっチョ~~ッ!! ヤバいっチョッ!! 完全にロコイサ王様の地雷を踏んでしまったっチョ~~ッ!! 


 んっ? いや、でも待つっチョよ? よく考えてみたらロコイサ王国って400年くらい前にできた国の筈だっチョよなっ?

 ということはだっチョよ、今のはロコイサ王様の冗談…………。今ここは笑うべきところだっチョかッ!!!!)


 「チョはッ、チョははははははははッ!!」


 「どうした? 何が其程それほどにおかしいトゥーチョよ。今のどこかに笑うところでもあったか?」


 殺気弥立さっきよだつ声がトゥーチョの感情の一切込もっていない愛想笑いを止める。


 「…………チョ……えっ? 何がとは……。私は只……ロコイサ王国があのようになったのは400年程前と聞いておりましたので、今のはロコイサ王様の冗談かとここは笑うべきところだと思った次第でありますっチョッ!!」


 トゥーチョの考えを聞くとロコイサ王は納得した様子で。


 「あーそうか……ならば今我は400歳以上ということになるのか。フッ……まぁ確かにそんな話なら、我がお主の立場でも真実無しでは信じられないだろう。

 良しトゥーチョ。お主にほんの少し我の過去のことを手短に話す、ロコイサ王国があのような姿になる前の我の最後の記憶についてだ。お主は今から聞く話の全てを信じ理解しろ、良いな?」


 トゥーチョの首がコクりと頷いた。


 「ロコイサ王国が未だ健在だった頃のことだ。我には昔たった一人、れた男が居った。其奴そやつの名は【旗呂敷ノはろしきの行事貨ギョウジカ】。

 ロコイサ王国を築き上げた後、国に平穏がもたらされていた当時我は奴と出会った。それから奴と交じらうことが叶った二年後、奴との初めての口吸いを遂げた夜。その時を最後に何故か我は長い眠りへとついてしまっていた。

 目が覚め気付いた頃には時遅く……我の姿は変わり果て、そこには我の知る国の姿も民の姿もなくロコイサ王国はモンスター共の巣窟そうくつへと成り果てていた。

 目を覚ました我は、残っているものを探そうと国中を必死に探した。そのようになるまで何も出来なかった己の無力さを噛みしめながら心身ともに焦燥しょうそうしていく様を身に染み込ませながら。だが結局何も見つからぬまま、それもいつしか怒りに任せモンスター共を狩りながら死人のようにさまよう日々に変わっていたのだがな。それからモンスターを一掃いっそうしロコイサ王国を奪還だっかんした我は、この年を重ねても死なぬ身体を持ってお主が言っていた400年以上を生きてきたという訳だ」


 一応ロコイサ王の話を聞いていたトゥーチョであったが、話の導入部付近での彼への引っ掛かりがトゥーチョの感情移入を妨げていた……。


 (これはもしかして……惨劇さんげきのBLってヤツだっチョかっ? いや、正確には惨劇さんげきのBSL【ボーイズサイコロラブ】だっチョだろうか……。まさかオレの前にそのご本人様が現れる日がくるっチョは……ビックリだっチョ)


 沈黙したロコイサ王の返答を求めるための真剣な眼差しにトゥーチョは。


 「ロコイサ王様の御言葉とあれば、信じさせて頂くのみでありますっチョッ!!」


 ぐぅ~~~~~


 答えたと同時にトゥーチョのお腹が大きく鳴った。するとトゥーチョはウーポシュックスの能力で収縮させ持ち歩いていた保管用ダンボールを取り出し、それを元のサイズへと戻した。その中いっぱいに詰め込まれていたのは【賞味期限切れのお菓子たち】。それはトゥーチョが今の姿になってすぐ、危険を犯しながらも人間だった頃住んでいた宿から非常食として確保してきた物であった。


 そこからお菓子を取り出し両手に持ったトゥーチョは、片方の手をロコイサ王へと差し出した。

 

 「賞味期限切れてしまって申し訳がございませんっチョが、宜しければ一緒に食べましょうっチョ」


 本来であれば姿が変わって以来何も食わずとも生きられるようになっていたロコイサ王にとって、食べるという行為自体無意味なことであった。だがこの時、そのことを知らないトゥーチョがとった行動にロコイサ王はキョトンとした表情を見せ。


 「フッ、やはりお主は才があるなっ…………」  


 その言葉とともにロコイサ王は優しい笑みをこぼしていた。



 翌日お昼─────


 トゥーチョとロコイサ王はモチャオーチの目を盗み脱走できる機会をうかがっていた。


 「良いか? 脱走の際、決してあの翁に動いたり話したりしている姿を見られるでないぞ?」


 「あーチョういえば連れて来られるときもそうでしたっチョけど、一体何でなんですかっチョ?」


 トゥーチョの質問に深刻な顔を見せつつロコイサ王は答えた。


 「見られればあの翁が死を迎えるからだ」


 「チョへッ!!?」


 「あやつが前に一度似たような状況で死にかけたのを我は見たのだ。あれは時折ここへやってくる奇っ怪な遊具を運んでくる男から翁が指導を受けている最中であった。その時翁が男に見せられていたそれは只の【犬の形をした布の綿詰め】だった。事が起きたのは男に言われるがまま翁がその犬の耳を引っ張った時、突如として犬から羽根が生え始めその下から更に風車のようなものが出てきたのだ。終いには犬が吠えながら空を飛び回り始め、それに驚いた翁は倒れて失神……。目覚めたのは二日後だった、恐らくその間生死の境をさ迷っていたのだろう」


 「そうだったのですかっチョ……」


 その忠告ちゅうこくを踏まえた上でロコイサ王と共に4日間連続で脱走を試みたトゥーチョだったが──。

 全日とも、ことごとくモチャオーチに見つかり失敗に終わったのであった。挙げ句の果て4日目には。


 「ん~~なんだかこのところ万引きが多い気がするねぇ~。この人形の魅力を分かってくれるのは嬉しいんだけども……。あ~いいことを思いついたっ」


 モチャオーチの警戒心が高まり、連れ戻されてすぐロコイサ王は頑丈な鍵付きのショーケースへと移し替えられた。

 しかし夜になると。


 シュピンッ


 腰後ろから抜いた赤い柄に金のさいの目の一の紋が刻まれた短刀でショーケースの鍵の付いていない後ろの一面をいとも簡単に切り抜き、難なくと出てくるロコイサ王。トゥーチョはその様子をポカーンと見ていた。


 「今日も失敗に終わったな。してトゥーチョよ、明日はどう逃げる?」


 聞かれたトゥーチョが(えっ?)と困り顔を見せた。

 

 「い、いや……チョっと待って下さいっチョッ。これ以上脱走に失敗してしまうと余計に警戒態勢が高まり、最悪【あの老夫に我々の動いている姿を見せててはいけない】という条件ありきでの脱走が不可能になりかねませんですっチョ。ですのでロコイサ王様っ、次の脱走を試みるまで少しの間オレに作戦を練らせて頂けませんですかっチョ? 何卒お願い致しますっチョッ!!」


 そうトゥーチョが土下座をして頼み込むと。

 

 「面を上げよ……分かった、良かろう。では、お主の才気見せてみよトゥーチョ」


 「ありがとうございますっチョッ!! 是非お任せ下さいっチョッ!!」

 

 以降トゥーチョの作戦が練り終えるまで冒テントイ録生活は続いた─────────────


 その期間を通して彼らにも段々とモチャオーチという老夫の人間像も見えてきていた。

 日々やってくる小さな子供達からはダブルホワイトコットンキャンディさんの愛称で呼ばれ、その度に笑顔で親しげに話す様子。人柄も良く話し方も丁寧、困っている人や動物がいたら助けるのが当たり前。ビャコイヤに住む人達も頻繁に店に訪れ、お裾分け持ってきたり、楽しげな会話がよく弾んでいたりととてもモチャオーチが親しまれているのだと彼らは身に感じていた。

 只……トゥーチョが気掛かりだったのは最初の4日間、脱走しようとした時に見せたモチャオーチの恐るべき運動神経。そこの不安だけは日々が経過していく中も常に残り続けていた──────




 

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