第十五話:栄光の配送先で出会ったのは

約5年前・場所:シューヨイナ中央区域【レッソグッケル】


 ここレッソグッケルは高級マンションが多く建ち並ぶ富裕層区ふゆうそうく。人口1万7000人、【年齢層比率】高年層65%・中年層28%・若年層7%。財にも心にも余裕があるからか外に出ている人々の表情はやわらかく、散歩をしている者・運動をしている者・優雅ゆうがな演奏をし歌う者・鳥や小動物に餌やりをする者・ショッピングを楽しんでいる者・花の水やりをする者・友人とお茶会をする者等、皆有意義みなゆういぎな時間を過ごせている様子だ。


 そんな場所からり広げられるトゥーチョの回想かいそうは、彼のこの言葉から始まる─────────


 【「痛いッチョぉッ~~~~っ!!!! 花壇かだんに右足ぶつけたっチョ~~~~~ッ!!!!」】


 当時既とうじすでにリャンガと化していたトゥーチョは、花壇にぶつけた右つま先の痛みを歯を食いしばりこらえながら片足けんけんでの全力疾走ぜんりょくしっそうを見せていた。


 この時彼を追走ついそうしていたのは、大福に切れ目の美人な顔を描いてから軽く押しつぶしたような顔に顎下から毛先にかけて強めのウェーブがかかった髪、若干じゃっかん筋肉質きんにくしつな足にフワフワキラキラな毛が装飾そうしょくされたピンクのハイヒールをき、豊満ほうまんなボディをメタリックレッドカラーのクリノリンドレスでめた女性。

 彼女はトゥーチョがリャンガになる以前、人間として勤めていた大手配送会社リフユルヨット瞬急便しゅんきゅうびんだった頃の一番のお得意様【マダム・チョブクワック(57歳)】である。

 

 安全第一の華麗かれいなステップ音と鼻歌混はなうたまじりのご機嫌な甲高かんだかいオペラのような声が街を優雅にいろどりながらトゥーチョを追う。


 「フロンッフロンッフンッフ~ンッフッチュワ~~シカッペロ~ンッ。愛のストレート~っそして愛の角を曲がり~っ愛の階段をりる~っからの愛の十字路出現~っワタシはモチロン右をゆく~~っ! あぁ~ワタシの愛しのイケメン~~ヒャンスター様の投げキッスチケッツは~~どこに行ったのかしら~~~~っ」


 確実にせまってきていると確信を得ながら、その音から逃れようとトゥーチョが片足で必死にもがく。

 

 (くチョッ! オレの命がどこぞの【すけこましキザ男】の投げキッスなんかと引き換えにされてたまるかっチョッ!!)


 「右足再生ミギアシサイセイッ!右足再生ミギアシサイセイッ!右足再生ミギアシサイセイッ!右足さいせっ─────」


 ガンッ!!


 建物の角を左に曲がろうとした最中さなか、今度はその先にあった夜間点灯用やかんてんとうようの低い花壇がトゥーチョの左つま先を襲った。


 「チョひ~~んッ!!!?」


 目の前にあるホタルのお尻のような大きなライトドーム目掛け大きく跳ね上がったトゥーチョは、咄嗟とっさに両足を両手でおさえバランスをとりながらお尻で着地。

 

 「チョはぁ チョはぁ チョはぁ チョはぁ…………。


 なんで……なんでだッチョかマダチョブ……。

 マダチョブならきっと未確認みかくにん生命体せいめいたいに成り果ててしまった今のオレのことだって、オレだと知らずともこころよむかえ入れて下さると信じていたのにっチョ……。

 あ~全部マダチョブが口ずさんでたヒャンスターとかいうヤツのせいだッチョッ!! ヤツがマダチョブをたぶらかしたせいだっチョ!!

 そうだっ、いっそ本当のことを言ってしまおうっチョ!! 今まで積み上げてきたオレとマダチョブとの相思相信そうしそうしん超関係ちょうかんけいなら、ぽっと出の投げキッスあげましょーか野郎なんかに負ける筈がないんだっ……チョ………」


 しかし突然言葉の勢いを失い、何故か内心怖ないしんおじ気付きさみしそうな顔を見せ始めたトゥーチョ。


 (いや……本当は知っているっチョ……。マダチョブがどんな人間なのかを……)


 トゥーチョの頭の中には自身が過去見てしまったマダチョブの本当の姿が浮かんでいた。


 【イケメンのんだガムを洗濯バサミ代わりに洗濯物をしていたマダチョブ】───【イケメントーテムポールに囲まれヨガをしていたマダチョブ】───【観光バスの中をイケメンで満員にし、開けた窓から空を見上げて太陽にイケメンと指で文字を書いていたマダチョブ】───【100人イケメンドミノを作り一人一人が倒れる毎に間にほおを突きだしてはほっぺにキスをさせ、最後人数不足により急遽混きゅうきょまざり込んでいた人がイケメンではないことに気付いた瞬間背負い投げをかましていたマダチョブ】───………………………………他にも色々。

 

 そーいえばオレがいつも配達していたのも【イケメンドーナツ・オッレがハッグしてあげまっスシリーズのフィギュア】だったチョな。いつもマダチョブの開封かいふう見納みおさめるまでが仕事だったチョけなっ……。


 「あのマダチョブの趣味とほぼ無縁むえんだった頃は全部どうでもよくて只単ただたんにすごく優しい方だとしか思っていなかったチョけれど、今は違うっチョ。あの狂気的きょうきてきな趣味がオレとマダチョブを決別させようとしているっチョ!


 そもそもこのご時世じせい元凶げんきょう一端いったんになってしまったオレが人間に助けを求めようとしたことがバカだったんだっチョ………。

 

 もう……いいやっチョ…………」


 そう口から言葉をこぼし、トゥーチョはゆっくりとダンボールをかぶり頭をおおい隠した──────




 カッ カッ カッ カッ


 大きく鳴ったハイヒールの音が対面間際たいめんまぎわを示すと、その後すぐトゥーチョの隠れている建物の角からマダム・チョブクワックが姿を現した。


 「?」


 マダム・チョブクワックが不思議そうに辺りを見回したそこにはさっきまで追いかけていたはずの姿はなく、居たのは自作ダンボールの半袖・短パン姿にダンボールを頭に被り、一人ごっこ遊びをしていると思われる子供だけだった。 


 「アラ~? おかしいわねぇ~。えぇっと……ちょっとそちらの坊や、今ここに青い小さな動物さんが来なかったかしら~?」


 彼女が坊やと話しかけたダンボール姿の彼、まごうことなきトゥーチョである。ゆっくりと振り向きマダム・チョブクワックに向き合ったトゥーチョは、ダンボールの中からふるえる声を発した。

 

 「…………お……お、お、お───」


 マダム・チョブクワックが震える声に心配そうに聞き返す。


 「お?」


 「お、っっっお前の頭の……そっ、その髪っ!」


 「私の髪?」


 「トルネードポテトみたいな巻き方だなぁーッ!!」


 「え……あなた……今なんて……言ったの? トルネード……ポテト?」


 「あー間違えたー……トルネードロールケーキ春巻き扇風機せんぷうきポテトだったぁーッ!!」


 「え……私の髪がトルネードロールケーキ春巻き扇風機サイクロンベーコン巻きポテトですっ……て……?」


 それはマダム・チョブクワック彼女公認かのじょこうにん唯一ゆいいつ欠点けってん、トゥーチョがいつもめていた部分でもあった──────

 

 《「この髪ね、昔からのくせで私の唯一の欠点なのっ。良くトルネードとかハリケーンとか螺旋階段らせんかいだんなんて言わちゃってね。でも初めてトゥーチョちゃんが高級ソフトクリームみたいって褒めてくれてすごく嬉しかったわ」》


 「イヤァァァ~~~~~~~~!!!」


 ヒステリックな悲鳴ひめいを上げながらマダム・チョブクワックが走り去っていく。


 カッカッカッカッカッカ


 心にも無いことを言いマダム・チョブクワックを傷つけてしまった罪悪感ざいあくかんさいなまれるトゥーチョ。

 

 「……あぁ…………言ってしまった……チョ」

 

 (これでマダチョブとの関係も終わりだっチョな……。それに今まで一番長く運んできたものだったっチョが、どうやらここがお届け先みたいだっチョ……)

 

 「今日をもチョまして【信頼度しんらいど100%配送員はいそういんとしての栄光えいこう】配達完了だっチョぉッ!! さようならっチョッ、オレぇ~~ッ!! 


 そして同時に極悪党ごくあくとうデビューを果たしたオレ…………ヨロシクだっチョおらァァーーッ!!!!」


 「…………」


 いつの間にだろうか、そのトゥーチョの決意の姿を無言で直視するものがそこに立っていた。背丈せたけはトゥーチョと同じくらい、シルエットは今のトゥーチョの姿によく似ている。四角いサイコロのように【・】が付いた頭、ブリーチズの上に朱色の七分丈しちぶたけはかまき、ホワイトパール色の上に着ている着物の上からは赤いマントを羽織はおっている。

 

 チョッ!!? いっ、いつの間にっチョッ!!? もしかして今の聞かれてたッチョかっ!? 


 (ン? よく見たらコイツっ! 人が大変な時にっ!……) 


 「チョあー…………チョいオマエ。その格好……あんまり今のオレをおちょくらない方がいいッチョよ? 今のオレは極悪党デビューしたばかりで自分にも制御せいぎょできなくて何をするか分からないっチョ」


 「…………」


 それでもなおトゥーチョの前に立つサイコロ頭は同様もなく依然いぜんとして沈黙ちんもくつらぬいていたが、次の間初めて口を開く。


 「来る……。貴様、今すぐわれを運び逃げよ」


 その者の開口一番かいこういちばんを聞いたトゥーチョはれた表情を見せていた。


 「チョは? 来る? 何だッチョかそれ? 勝手にごっこ遊びを始めるなっチョ。

 というかオマエ、子供だからといってその偉そうな命令口調めいれいくちょうは捨て置けないっチョな。人に頼みごとをするならもうチョっと態度を改めた方がいいと思うっチョよ!

 まー、頼まれたところで極悪党デビューを果たした今のオレには関係のないことだッチョがねっ。オレは平気でオマエを見捨てて───」

 

 「ハコベェェェェェェ~~~~~ッッッ!!!!!!」


 急なその強圧的凄きょうあつてきすごみのある殺気混さっきまじりのド迫力はくりょくの声に反応したトゥーチョの防衛本能ぼうえいほんのうは、彼自身の口を無理矢理こじ開けさせサイコロ頭へ対する一切いっさい抵抗ていこうを止めさせた。


 「チョッッ、チョはァイッ!!!!!!」 


 そこからはトゥーチョは周りの景色を記憶する間もなく馬車馬ばしゃうまのように2カンバヨートリ程走った。


 ※【1ヨートリ】=1メートル

  【1カンバヨートリ】=1000ヨートリ


 レッソグッケルを抜けて景色が一変したその場所は、瓦礫がれきだらけの野原。酸欠寸前さんけつすんぜんでそんなことを確認してる場合ではなかったトゥーチョは、子供がいることおかまい無しに急いで身に付けていたダンボールを全て脱ぎ捨てた。


 「…………」


 ダンボールから現したトゥーチョの姿を見てもサイコロ頭はだまったまま無反応。


 それからゆっくりと呼吸を整え始めたトゥーチョは、目前に堂々と立ち尽くすサイコロ頭を睨みながら口を開いた。


 「………………。

 オイ……チョはぁチョはぁ……言うこと聞いてやったんだっチョから、チョはぁ……オレをバカにする態度たいどくらい改めたらどうだっチョかぁっ?」


 タッ   タッ    タッ    タッ


 ひざに手をつきながらゆっくりとサイコロ頭に近づいて行くと。


 ガシッ


 サイコロ頭を外そうと両手でつかみ持ち上げ始めた。


 ぐい~~~~~~~~~~ん 


 スタッ


 おもいっきり高く後ろへと持ち上げたサイコロ頭は、気が付くと体がついたままの状態でトゥーチョの後ろで着地していた。

 

 「あれ??」


 「フンッ。助かってはいないが、片鱗へんりんは見えたからまぁ良い。貴様にはまた後で話してやろう」


 「チョは?」


 ばッ!!!!!!


 その瞬間背後から現れた黒い影はトゥーチョとロコイサ王をおおった─────────



 

 

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