第十話:忘れられた晩ご飯・消えたロコイサの王

まあ……あれからの帰路は散々だった。


 ただでさえ人に触れぬようにと細心の注意を払いながらゆっくり進んでいたとこに、試験だのと称したトゥーチョからの妨害ぼうがいや過度な要求が度々差し込まれたのだ。

 散々人の行く手を邪魔しておきながら当の本人はいつの間にか俺の肩でのんきに寝てるし、結局着いたのは真夜中。

 何とか寝床まで辿たどり着いたと同時に俺は、アドレナリン切れでそのままどっとやってきた疲れに気を失った。

 


 それから一夜が明けた早朝───────


 特に何か大きな変化が起きた訳でもないリンロにとっては、この日も時間に縛られることのないいつもと変わらぬ日であった。

 だが彼の起床はなぜかいつもより早く、時間の使い方もまたいつもと違っていた。

 やぐらの前に広がる草地には、ここに来た頃からは想像もつかない程に生き生きとした顔で鍛練に励む彼の姿があった。どこで身に付けていたのか彼の動きはさほど悪くなく、戦闘技術に関しての基礎は充分に備わっているように見える。

 

 (変わると決めたからには今までのように腑抜ふぬけた生き方をしてはいられない。

 昨日はあそこにカウリがいてくれたから何とかなったけど……俺がこの身体に向き合うと決めた以上、この先何度あんな状況にぶつかるかも分からない。

 もう大事なとこで腑抜けた自分を立たせたくない! だからもっと変わっていかなきゃなんねえっ!!)

 

 バッ

  

 リンロが高く跳び上がり空蹴りをしようとした先。木の上でトゥーチョが寝ていた。


 「あ……まだ寝てた」


 (ほんとトゥーチョには感謝してもしきれない。

 こいつのおかげで俺はまだ少しではあるけど変われた、そんで今こうして動くことが─────)


 ゴンッッッ!!!!


 宙に浮くリンロの頭部に、予想だにせぬトゥーチョの鉄拳が降り下ろされる。

  

 「動くなっチョーーーーーーーッ!!」


 (えっ?)


 どでぇーンッ!!


 「ブヘッ!」


 トゥーチョは気だるそーに立ち上がると、地面に落ちたリンロを見下ろした。


 「朝から虫の羽音みたいにチョンチョン鳴らしてやがって~全然眠れないんだっチョよーーーーッ!!」


 すると地面に伏せ目元に太いクマをつくったリンロは、清々しい程に目覚めの良さそうな血色の良い晴れやかな顔でお目々パッチリと開けるトゥーチョを少し羨ましげな顔で見上げ言った。

 

 「…………ごめん」


 「チョギャアぁーーーッ!!!!」


 トゥーチョは謝ってもなお、怪獣のような声で威嚇いかくしてきた。


 ───────────


 

 リンロの暮らす櫓の裏にある透き通ったキレイな湧水が流れる採水地はいすいち──────

 

 パシャパシャ パチャチャチャ パンパンッ!


 そこでは、横並びになるリンロとトゥーチョの二人が息の合ったまったく同じ動作を見せ両手で顔を洗っていた。


 「ぷはぁーっ」


 「ぷチョーっ」


 さらさらと触り心地のよい少しヒンヤリとした小岩の上。そこに座りながらリンロがタオルで濡れたトゥーチョと自身の顔を拭いていると。

 

 「あっチョーいえばリンロ。お前ロコイサ王様にまだご挨拶してないチョよな?」

 

 唐突とうとつな問いかけに手を止めリンロは興味を示した。


 「…………ロコイサ王?」


 「あーそうだっチョ。今も生ける伝説ッ! まぎれもないこの国を築き上げた初代国王様の事だっチョ!!」


 は、はは……まったく何を言い出すかと思えばだ。


 「これがカウリが前に言ってた朝冗談あさじょうだんってやつか。

 あの……言っておくがこの国が400年前とっくに廃国になってることは俺……知ってるぞ? 俺を朝冗談に引っ掛けようとしているとこ悪いんだが、400年も前のこの国の初代王様が生きてるなんてレベルの低い冗談には学のない俺でも引っ掛かんねーよ」


 「………………。


 チョアーッ!!!! お前今ロコイサ王様の存在否定したっチョねーッ!! 言~てやろっかなー言ってやろっかな~っ!!


 …………。

 言ったらお前……処刑されて死ぬっチョよ?」


 ほーほーそうかいまだ続けんのか。

 でもまぁ別にこれといった話題もないしな。話止めて急に気まずくなるよりかはマシか……のってみるかな。


 「いいか? 現実逃避しようとしているみたいだから現実を突き付けてやるが、お前は既にこの国で一つ罪を犯しているんだっチョ」


 演技初心者のリンロがベタベタな演技で聞き返す。


 「その罪とは?」


 「不法滞在ふほうたいざいっチョ」


 「…………。

 (ぐっ、そこ妙にリアル感出されると何か罪悪感沸いてくるな)

 ………そんで、不法滞在した俺は王様にどう裁かれるっていうんだろうか」


 「もちろん処刑に決まってるっチョ」


 (また処刑かよ。すぐ処刑しようとしてくるな……とんだ暴君設定の王様だ。

 どうやらトゥーチョはこのまま俺をバッドエンドへ落とし込みたいようだが、なんか縁起悪えんぎわりぃからそこは全力で回避させてもらうぞ!!)


 「ブヘへッ…………ここまでのお前の忠告ちゅうこくには感謝しよう。

 だが問題はないっ!! 実は俺はロコイサ王様の側近……イヤ腹筋的な存在であるからして処刑されるなどということは絶対にあり得ないからなぁっ!!」


 その演技とは裏腹うらはらに彼の内心は冷めていた。

 

 (あー昔ミハリの家のテレビで【潜入人間せんにゅうにんげん兵器へいきジョペチンくん】ひたすら見せられといて良かったー。

 おかげでセリフを上手く応用してそれっぽく言えた)


 「嘘っチョねっ、前にロコイサ王様が言ってたっチョ。自分以外は全員滅んだって」


 「あーそうだな、王様はご存じないのも無理もないだろう。なんたって俺は王様よりも少し遅れて復活したのだからなぁっ!!」

 

 「………………。


 ……まさか朝のオレ様のゴッドフィストがそんなにお前の頭をバグらせてしまってたチョは………。

 リンロっ! 心の底からスマナイっチョっ!! 責任はとるっチョ、介護してやるっチョ」


 「いや……演技に決まってるだろ。

 というかトゥーチョはワンパターンで押し切りすぎなんだよ。作り話なんだからさ、もっとこういろんなありえねーこと言って楽しまないか?」


 「チョ?………演技?………作り話?…………何言ってるっチョか?


 …………!!


 チョハァッ!!? お前、まさかオレ様の話全部作り話だと思って聞いてたっチョかァーーーっ!!?」


 「ん……ああ。

 

 ────!?」


 そのとたん鬼の形相のトゥーチョが途絶えることなく小型ダンボール《材質・てつ》を生成し、それを投げまくりながら顔を左右に振り襲いかかってきた。

 

 「え……え……え……え……え……え……え……え……え……え…………」


 リンロはトゥーチョの言葉から状況を飲み込みつつ、トゥーチョの攻撃をひたすらかわし続けた。


 「チョエェーーーーーーッ!!!!」

  

 「────ちょんまっ!!」


 そう言ってリンロが手を前に出すとトゥーチョはビビって一瞬止まった。その隙にリンロが一言。


 「あの……一回マジだっチョって……言ってみてくれるか?」


 「マジだっチョーーー!!」

 

 じッ!!


 すかさずリンロは信用のない目をトゥーチョへ向けた。


 「オレ様にその目を向けるなっチョーっ!!」


 そのトゥーチョの反応を見てリンロは驚いた。

 

 「………………本当……なのかよ」  


 (初代国王というのは信じがたいが、初代国王を名乗っている何かしらヤバいやつが居ることは確かなようだ)

  

 ダッ!!


 トゥーチョの言っていたことに信憑性しんぴょうせいを得たリンロは、攻撃をかわし後退こうたいする足で地面を強く蹴り勢いよく後ろへと跳んだ。そしてそのまま土下座。


 ズザァーーーーーーーーーッ!!

 

 「ごめんっ! 疑ってワルかったッ!! 信頼度しんらいど100%トゥーチョちゃぁーーーんっ!!!」


 ピタッ


 そのリンロの言葉によってトゥーチョの一方的暴力に終止符しゅうしふが打たれたのであった────




 以降リンロとトゥーチョの話は上手くかみ合っていた。

   

 「でもそれなら、なんで今までずっと声かけに来てくれなかったんだ? 教えてもらえてたら挨拶くらいすぐに行ったんだが……」


 「あまりにもお前が辛気臭しんきくさすぎて話かけづらかったんだっチョよ」


 (ごもっとも……何も言葉を返せん)


 「とはいっても、オレ様もお前が100チョーパーセント処刑されることを知っていながら見てみぬフリをする鬼ではなかったっチョからなっ。オレ様の目に入ってた範囲内では、お前とロコイサ王様が鉢合わせないようずっと調整してたっチョよ」


 事実を知りトゥーチョの優しさに触れたリンロは、再度申し訳なさそうに謝る。


 「……………ほんとに疑ってごめん」 


 「まー話はそんなとこでだっチョ。オレ様は今からロコイサ王様の朝御飯をお持ちするっチョから、リンロお前も一緒に来いっチョ」


 「え……行ったら俺処刑されるんじゃないのか?」


 「今日迷い込んでやって来たフリをしとけば大丈夫だっチョよっ(プラス記憶喪失きおくそうしつ設定でな)。

 それとオレ様に対する信用度を100チョーパーセントに保ち続けて、オレ様に口を割らせなければ大丈夫っチョ」


 「………ああ……分かった」

 (また無意識に顔に出てたらどうしよ。あー怖いなー)


 



 ロコイサ王国・南 【ロコイサ・メデ王宮広場】─────


 王宮が建つのは高くそびえ立つ巨大なゆがんだ円柱の崖。そこを囲むように穴の空いた半ドーナツ型の円柱が大・中・小と三つ重なっている。すべての層が広くそこをいろどる全てに品が備わっている。


 ロコイサ王国にやってきて3年経つがここへ来るのは初めてだ。前にこの区域の近くを通った時に嫌な予感がしてからそれっきりこの区域へは一切足を踏み入れることはなかったが、案の定その予感は的中してたってわけだ。

 にしてもすごいな……。あの一番上がトゥーチョ曰く王様の居るっていう【メデ王宮】か。

 

 などと考えながら王宮広場の一層目に繋がる階段を一人上がろうとしていたところ、俺はトゥーチョに引きずり下ろされた。

 そうして連れて来られたのはあのどでかい宮殿よりも随分手前ずいぶんてまえ、階段の真横に掘られた小さな人工洞窟じんこうどうくつだった。


 (あー……そっか。別に本当のロコイサ王ってわけじゃないもんな。そりゃ住みやすいところに住むか)


 「にしても自分の国だとしているわりには、王様はこんなせまい場所で暮らしてんだな」

 (俺、王様より広いとこ使ってしまっているんだが………また罪増えただろうか)


 洞窟の中は薄暗くほとんど何も見えない。


 「あれ? おかしいな、灯りがついていないっチョね。まだ寝ておられるっチョかな?」


 薄暗い洞窟の中を全て把握していたトゥーチョは、暗闇の中で手際よく壁の灯りを次々とつけていく。

 次第に辺りはえんじ色の温かい光でいっぱいに照らされ、全貌ぜんぼうが明らかになった。

 

 まず始めにリンロの目に入ったのは【赤いシミのようなもの】。


 そして次もまた赤いシミ───その次の次も赤いシミ───その次の次の次も赤いシミ───その次の次の次の次も─────

 

 「血だ」

  

 洞窟の中に広がっていたのはまばらに散った血の跡だった。

 

 「ちょ…………ちょ………ちょ………ちょちょちょちょちょ」


 トゥーチョが取り乱すのも無理はない状況だった。遺体が残されていないのを見る限り、殺されたか誘拐されたかのどっちかだろう。


 「んっ?」

 

 リンロは地面になにやら文字のようなものが書かれていることに気付いた。

 

 「わ…………れ?……は………ら?……へ…………つた」


 《我はらへつた》


 「…………」

 

 我腹減われはらへった……? いや、それはないな。

 おそらくこれはダイイングメッセージというやつだろう。何か信頼をおいた関係者にしか分からないような意味が込められているはずだ。


 「おいトゥーチョ、この《われはらへつた》って文字に何か心辺り────」


 ガシャンっ!!


 聞こうとした最中トゥーチョは大きく動揺どうようを見せ、運んできたロコイサ王の朝御飯を地面に落とした。赤が散らばっていた地面に緑色が飛び散り、地面はクリスマスカラーに染まっていた。


 (やっぱりそうだ。トゥーチョにしか知り得ない重大な意味がこの文字には隠されている)


 そして、トゥーチョが文字の意味を明かす。


 「き……昨日のっ………ロコイサ王様の晩御飯………お持ちするの忘れてたっ……チョ」



 「………………へ?」


 (文字のまんまかよっ!!!!)


 「じゃあ……この血は?」


 「……ロコイサ王様の1の液だっチョ」


 (1の液って何だよ……。トゥーチョの反応を見る限り血ではないみたいけど………)


 「チョあーーーっ!! きっとロコイサ王様は食べ物を探しに出て行ってしまわれたんだっチョッ!!

 チョワーーーーッ!! どうしようッチョ! 処刑されてしまうッチョッ!! 助けてくれッチョリンロ~~~~~~ッ!!」


 (やっぱ王様心狭すぎんか? どんなブラック王国だよ)


 「食べ物探しに行ってるってだけなら、すぐ見つかるところにいるんじゃないか? 探しに行って謝りに行こう」


 トゥーチョが震えながら細めた目を心配そうにリンロへと向ける。


 「処刑予備軍しょけいよびぐん二人でっチョか?」


 そうだ…俺もだった。


 「まあ嫌な予感もしないし何とかなる……はずだっ!」


 そして俺達はそこから一番近い食糧のありそうな森に向かうことにした───────


 

 

 ロコイサ王国・南端【ネカルバフの森】──────────



 ズッしンっ!!!!



 そこで圧倒的な存在感を示していたのは【巨大なモンスターの骨(四足歩行獣種)】。

 骨はたった一太刀により頭の先から尻の先までを一刀両断いっとうりょうだんにされていた。


 二人はそれを前に、アゴが今にも外れてしまいそうな程口をアングリと開け目を丸くし立ち尽くしていた。

 

 (な…………こんなのがいる近くで今まで俺は暮らしてたのか…………。

 これがロコイサ王国含め周辺一帯が立ち入り禁止区域に指定されていた理由か)


 「これを…………マジでその王様がやったのか?」


 「この見事な太刀筋間違いない、ロコイサ王様の斬撃ざんげきだっチョ。

 それにホレっ、証拠しょうこだってお前の足元にあるっチョよ」


 トゥーチョに言われ足元を見てみると、地面にはモンスターの小骨……大きな小骨が転がっていた。

 ん? 何か文字になってるな。えっと────

 


 《ま・ん・ぷ・く・だ》



 「…………ああ、そのようで。


 (一々とその時の気持ちを残したがる王様だな)


 それじゃあ……なんで空腹満たせたのに王様は帰ってないんだ? 別に襲われて危険な目に合うほど弱いという訳でもなさそうだし……迷子とかか?」


 「バカ言うなっチョ! 自分の築き上げた国で迷子になる王様なんて居るわけないだろっチョ!!」


 (いや……その偽王様は築いてないんだから、こんな広いとこ迷子になる可能性だってあるだろ)


 「ぬぁ~~っ! ロコイサ王様はどこに行ってしまわれたんだっチョかぁ~~っ!!」


 (にしてもロコイサ王へ対する、トゥーチョのこのものすごい忠誠心ちゅうせいしんは一体なんなのだろうか……)


 そんな中慌てふためくトゥーチョが、何か手がかりがないかと血眼になって探し始めてすぐのこと。


 「チョボファっ!! この抜け毛はぁーーーっ!!?」


 トゥーチョが地面にいつくばり凝視ぎょうししていたのは《地面で波打つ二本の白い毛》だった。


 「ん? おいトゥーチョ、その毛がどうかしたのか?」

 

 「…………」


 少し黙り込んだあと、まるで壊れかけのブリキのおもちゃのように動き出したトゥーチョはガタガタと首を俺の方へと向けてきた。


 「……どうしようリンロ。大変なことになった………チョ」

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