第五話:トゥーチョの気合い・注入っ!!

 一方でその頃リンロはロコイサ王国にある湖にいた─────


 辺りは木々で囲まれておりリンロが座る綺麗きれいな石で囲われた湖のほとりからは、ドラゴンのような魚に喰われそうになり両手を上げ降参こうさんする素振そぶりを見せるサイコロ形の頭をした釣り人の奇妙きみょうな像が見える。



 『キャアアァァァーーーッ!!』


 急な甲高かんだかい悲鳴が、気を抜いていたリンロの耳に響く。


 「わっつッ!」


 ビビった俺は音から逃げるように頭を右へ傾け、同時に電話を持っていた左手も耳から遠ざけた。


 「…………」


 (何だ今の……悲鳴か?)


 「おい、今悲鳴っぽい声聞こえたけど……何かあったのか? 大丈夫────」


 『ドゴォンッッッ!!!!』


 カウリに悲鳴があった理由を聞こうとした次の瞬間、さっきの悲鳴とは比べものにならない爆発音に俺の声はかき消された。


 「………………。


 今…………すげー音したぞ? 何だよ……今の爆発音。マジで大丈夫か?」


 


 リポムファンカースの屋上の一部が爆発により崩壊ほうかいしていた────


 リポムファンカースの屋上へ目を向けるカウリが爆発時目にしていたのは、瓦礫がれきと人の遺体が混ざったものが雨のように降るおどろおどろしい光景だった。

 

 カウリは足元に横たわる、先ほど屋上から落ちてきた少女とその子の祖父へ目を閉じ手を合わせた。

 《二人の遺体はおおよそ屋上から落ちてきたとは思えないほどに綺麗な形を保っていた》

 

 それから無言のまま入り口の方へ向かい歩き出すと、自身の倍を越える大きな強化ガラスでできた入り口の前でカウリは止まった。

 なぜかカウリは中へ入ろうとはしない。


 無理もないだろう。


 目の前からあんなうろこを落としながらやってくる巨大蛇きょだいへびのような人の群衆ぐんしゅう奔流ほんりゅうの勢いで押し寄せて来られれば────

 

 「化け物だああああぁぁぁーーーーーーっ!!!!!!」


 ドオオオオオォォォォォォォォォォォッ!!


 逃げる人々の足がゲリラ豪雨ごううのような音を鳴らす。


 混ざり合う異常な音がリンロへ異変を伝えた。

 

 『おいカウリっ、今そっちで何が起きてんだよっ!?』

 

 リンロの言葉に返事は返ってこない。


 カウリにその余裕よゆうはなかった。

 カウリは一秒足りともまばたきをせずに目をらし、押し寄せてくる全ての人の顔を把握はあくすることに集中していた。


 群衆の中、となり合い走ってきていた若い男女カップルの内の男の方がカウリの横で震えた声を出し言った。


 「リャンガってマジでいたんだな……」


 「え?」


 「俺、さっき一瞬リャンガ見ちゃったんだけどさ……あんなん誰が止めれんの?って感じだったよ……エグすぎだよあれ」


 カウリにはその声すら聞こえていなかった。


 『おいっ! カウリっ!!』

  

 勿論もちろんこの声も。


 そんなこんなであっという間に群衆は過ぎ去り、それから少し遅れておそらく最後尾さいこうびであろう人物がカウリの目の前に現れた。

 

 現れたのは【大事なものをかかえるかのように血だらけになった両肩りょうかたを押さえ、自身の汗で転びそうになりながら走る坊主頭ぼうずあたま巨漢きょかんな男】だった。

 

 「突っ立てんじゃねえぞぉぉっ!!! どげぇえぇぇー!!!!」

 

 男が興奮した大猪おおいのししのようにさけびながら向かってくる。


 もう男以外逃げてくる者は誰もおらず道幅みちはば充分じゅうぶんにあったが、男は自身の進む進路を変えようとせず真っ直ぐカウリに向かい突っ込んできていた。

 男は避けるという考えにもいたらないくらいに必死な様子だった。


 まぁそれならカウリがひょいっと軽く身をかわせば済む訳なのだが、何故か彼も彼でまるで巨漢の男が見えていないかのように立ち尽くしていた。


 どッ!!


 にぶい音をたてカウリは男に突き飛ばされた。


 ドサッ



 ………………………………………


 さっきまで大盛況だいせいきょうだったデパートの中は逃げおおせる人々により荒らされ、一瞬にして廃墟はいきょのようになっていた。


 尻餅しりもちをついたままカウリは黙っている。


 カウリが確認した限りではデパートの前に降ってきた中にも、逃げ仰せる群衆の中にもミハリの姿はなかった…………。


 「……………」


 『カウリッ!!』


 「…………ミハリ」───────


 


 「ん? おいミハリがどうかしたのかっ?」


 カウリとの通信は途絶とだえていた……。


 「………………切んじゃねーよ」


 電話を持っていた左手をゆっくりと下ろしうつむくリンロ。

 水面に映る彼の表情は不安げで少し落ち着きがない。


 「……………電話の向こう………聞き間違え……だよな。

 リャンガって……」

 (でももしそうじゃなかったら……)


 今までずっと逃げて隠れてしかこなかった俺にとって、突然目の前に突き付けられたその現実は冷静になって受け止められるようなものではなかった。


 頭をかかえるリンロ。


 「分かんねえっ」

 (俺はまた、大切なもんを失っちまうのか─)


 (大切なものを失うかもしれない)という現実に身体が反射したのか、無意識にリンロは立ち上がっていた。


 「………………行かなきゃ」


 リンロはそのまま何も考えずに走り出した。


 《湖を囲む林を抜け───謎のほこらの前を通り───演舞場えんぶじょうを後にする────》


 そして今、リンロの目の先にあるのは大きな門。

 その向こうには昨晩カウリといた庭が見える。


 ビチャンッ!!


 大きな水溜みずたまりを踏んだリンロの力強い一歩が、彼の背丈せたけよりも高い水しぶきをあげる。


 (俺が行ってっ!!)


 (行ってっ!)


  ジジッ


 《美しい草木が生い茂りマイナスイオンで満たされている森の中、木漏こもれ日の差す地に横たわる紅葉こうようのような赤い髪をした若い男と男の近くにいた黒い虎のような生き物の上で泣きうずくまる当時12歳のリンロ》


 不意に過去に大切な人を失った時の映像が俺の頭をよぎった……。


 その映像に一瞬顔をゆがめたリンロだったが、無理矢理溢むりやりあふれ出るものをおさえ込み次の一歩を踏み入れる。


 (行って)


 ジジッ

 

 再び予期せぬ映像がリンロの頭をよぎる。

 ただ今度はリンロの記憶には一切ないものだった。


 《助けに行ったリンロは結局間に合わずカウリを見殺しにして挙句あげくの果てに自身の手でミハリを死なせ、彼女の遺体を抱えたまま泣き叫び自身の腕を千切ちぎろうとしている》というものだった。


 (行っ────)


 あまりに生々なまなましく悲惨ひさんな映像に気をとられ前が見えていなかった俺は、足元の大きな石につまずきそのまま目の前に立つ木へと頭から突っ込んだ。 


 どサッ


 「……………………」


 木の前でうつ伏せに倒れているリンロ。


 「おれ……が」


 俺は左手で木のみきつかみ、もう一度無心になろうと立ち上がろうとした。

 でも……連続メンタルぶち壊し映像を見た後にそれは、俺には無理だった。


 リンロは膝立ひざだちのまま両手を木の幹に置き、木にひたいをつけた。


 「俺が行って……どうなんだよっ…………


 俺が行ったところで意味があんのか?

 あいつらをもっと危険にさらしちまうだけじゃねえのか?


 だったら……いっそこのまま………」


 考え始めたリンロの脳が彼自身の心を折ろうとしたその時だった。


 「チョチョワッ。

 なーんだっ結局そうなんのか」


 「?」


 今何かが聞こえたような気がした俺は、辺りを見回した。だが何もない……気のせいか。


 「ったく。珍しくネガティブ・逃げティブ少年が必死になって、全力で走ってたから面白そうだと思って見てたのによ……」


 「!」

 

 (あれ……もしかして気のせいじゃないのか?) 

 

 そう思い俺はもう一度辺りを見回してみたが、やっぱり何もない。

 リンロはどこから声が聞こえてきているのか確認するため耳をました。


 「さっきから聞いてりゃー、ただお前が怖がって逃げたがってるだけじゃねーかっチョ」


 「………………」

 (もしかして……この上?)


 リンロは少し木から身を離し目の前の木を見上げてみた。

 

 (まさかだろ。もし本当にこの上にだれかがいたとして、この木のサイズじゃ間違いなく身体の一部がはみ出る。まあ小さい子供くらいなら隠れきれるだろうが、こんなとこにいるか? しかも木の上に……。

 ないな、たぶんこれは幻聴げんちょうでも聞こえているんだろう)


 これ以上進むことができず、かといって戻ることもしたくなかったリンロはそこにとどまり聞こえてくる幻聴に耳をかたむけ始めた。


 「最初から見えていたはずの道を進みづれーからって、てめえが自分でその道曖昧みちあいまいにして隠して逃げてっその挙げ句大事な時にどこに隠したかも分かんなくなってやがる………。

 なんで隠す? リャンガだからか?

 オマエは、今行かないで後悔こうかいした後に自分はリャンガだからって理由でおさめられんのか?」


 「…………」

 (納められる訳がない) 


 「てめえのリャンガ身体にしばられてんじゃねえっチョ!


 お前の身体を動かすのは、リャンガになる前もずっとオマエの身体を動かし続けてきたもんだろーがッ!!」



 ドクンッ



 その瞬間、感情が高まり熱くなったリンロの全身にゾクゾクとする感覚がめぐった。

 心の中の今まで死なせてしまっていた部分が息を吹き返したような感じだった。


 「しょーがねぇから、オレ様が特別にアドバイスをくれてやる」


 すのっ


 何かが木の上で身を起こして動きだした。

 その動きだした何かからはっせられたのは、リンロが幻聴だと思っている声。


 「たとえオマエにどんなリスクがのしかってようがなっ! オマエが行くことでてめえの守りてぇもんを、助けられる可能性がちょっとでも上がんなら行くべきだチョっ!!


 隠してた道、全部引っ張り出してき直してっ! 早くそのちょっとを運んでってやれっ!!」

  

 そうかつを入れリンロの前に姿を現したのは、約2.5等身ほどの可愛らしいマスコットキャラクターのような姿をした二足歩行の謎の生物だった。


 【《S-瞬急便しゅんきゅうびん》と大きく書かれたキャップをかぶり、そこからはみ出すのはルビーのように赤く輝く小さな豚みたいな耳。


 イチゴのアメ玉のようなまん丸なほっぺに大きなクリクリな目、目と目の間は逆さT字の鉱物こうぶつおおわれ複数のネジでめらている。


 身体の頭上半分あたまうえはんぶん・手・背中・ほぼ無いに等しい首もと・下半身はクリアブルー色のプニプニしたクッションのようなものでできていて、頭の下半分したはんぶんは白く生き物の肌質はだしつだ。


 背には機械でできた重厚じゅうこうな羽があり・有るか無いかも分からない腰にはヘキサゴンがらの腹巻きが巻かれている。

 お腹には楕円だえんのような四角形のドアらしきものが付いていて、貯金箱のような穴が空いている】


 心が追い詰められていたからかリンロは、そんな異様な姿を見ても一切驚く様子はなかった。


 「でも……俺は……」


 「リャンガ細胞の濃度がバカ高けえんだろ? そのことなら心配する必要ねえ。オレが乗せてってやるっチョ!」


 「…………」


 さっきまでは何の引っかかりもなくこの得体えたいの知れない謎の生き物の言葉を飲み込めていたが、今の発言に関してだけはまったくもって理解不能だ。


 (あんだけごもっともな事言って人のことき付けといて、最後の最後でおちょくってくんのかよコイツ……。いや違うな。

 きっとコイツは、最低な俺の命に終止符しゅうしふを打ちに来た死神なんだろう)


 ねたような苦笑いでトゥーチョに軽蔑けいべつ眼差まなざしを送るリンロ。


 「ン? チョイ、何で今お前にそんな顔ができんだよ。

 早く準備し──」


 そう言いかけて言葉を呑んだトゥーチョの視線の先─────リンロの目にはトゥーチョの最も大嫌いな二文字が書かれていた。


 《不信ふしん


 ピキッ


 「いいかっ……よく聞いとけっチョ……。


 オレぁー今はこんなりしてるがなぁっ! リャンガになる前の人間だった頃はあの大手配送会社【リフユルヨット瞬急便しゅんきゅうびん】のナンバー1配達員として大活躍だいかつやくし、お客様からは【信頼度しんらいど100%トゥーチョちゃん】って愛称あいしょうで呼ばれてたんだかんなぁーっ!!


 そんなオレ様に信頼してない目なんか向けんじゃねぇーーっ!!」


 「!? ……えっ」


 リンロは目をパチクリさせた。 

 

 (……………………。

 こいつも俺と同じ(リャンガ)だったのか……。

 こいつロボットっぽいし、きっと見かけによらないスゲー馬力ばりきがあるのかもしれない。それによく見たら、未来の技術を駆使くしして作られたような羽も付いてる………空からなら)


 「……頼む」





 ロコイサ王国西端────【ロコイサ王国関所付近】


 

 道の片側には道に沿った赤い手すりが続き、一定の距離を空けて4本ほど橋がかかっている。

 その橋の下を昨晩の雨で少しにごった川がゆるやかに流れる。《普段の川ではき通った綺麗な水の中を、沢山のメロンソーダのような色をした錦鯉にしきごいが泳ぐ光景が見られる》

 

 そしてもう片側。関所まで真っ直ぐ続く漆喰しっくいで仕上げられた土壁にははなやかな飾り付けが施され、壁の中には等間隔とうかんかく灯篭とうろうが埋め込まれている。

 また土壁からは向こうにある建物の一部が顔をのぞかせていた─────── 

 

 ダダダダダ


 鱗模様うろこもようをした地面を、アイスクリームのコーンようなかわいらしい小さな足が繰り返しる。



 「……あの」



 「…………」 



 「……なあっ、ちょっと聞いてもいいか?」


 「だはアッ! 運んでる最中に話しかけてくるんじゃねえっチョーっ! 集中できねーだろーがっ!!」


 「…………。 ワルい……でも……どうしてもこの状況が気になってしかたがねえんだよ」


 「気になんなーっ!!」

  

 俺はあの後トゥーチョから何の説明も聞かされないまま、あーしろッチョこーしろッチョと言われてそのとおりに従った。

 だが……気付いた頃には俺の身体はダンボールと化し、トゥーチョにかれ運ばれていた…………気になれずにはいられない。

 

 「オマエさ、何でもかんでも全部知らなきゃオレ様のこと信用できねーとか終わってんな」


 「……」


 説明してくれないトゥーチョに、リンロが再び信頼のない目を向ける。


 「ぐっ!! 分っ、分かったチョよっ! 教えてやるから今すぐその目をやめろぉっ!!」


 よっぽどリンロのその目が嫌だったのか、トゥーチョは直ぐに説明を始めた。


 「まず第一前提だいいちぜんていに、オレらリャンガに二つの能力がそなわってんのは知ってるな?

 全員が同様に持つ【触殺しょくさつ】と、個々が異なる能力を持つ【敵意テンジャ】と呼ばれるものの二つだっチョ」


 「ん、ああ」


 「でだ、これはオレ様の敵意テンジャの方に当てはまる能力【ウーポシュックス】だっチョ。


 簡単に説明するとこーゆー仕組みだ。


 ①まず始めにダンボールにして運びたい対象の身体の一部(髪でも何でもいい)をこの印鑑いんかんに吸収させ、対象の情報を読み込ませる。(一度読み込ませた情報はずっと残る)


 ②次にオレ様がこの特製伝票とくせいでんぴょうを発行し、その伝票に対象の情報を読み込ませたこの印鑑で押印おういんする(伝票を発行する際に梱包こんぽうの素材・材質・重さ・サイズ・強度等を制限はあるが設定することができる)

※伝票は使用しないまま放置すると約30秒程で消滅する。


 ③最後に②で仕上げられたパーフェクトな伝票を対象に、チョペーンッ!!と貼りつければほいっ完成だっチョ!

 

 オレ様を信用してねえお前には信用させるために、サービスでこの能力の解除方法も教えといてやる。

 

 ウーポシュックスの解除方法は全部で3つある。

 ・オレ様が自らの意思でウーポシュックスを解除する

 ・伝票をがす

 ・対象から30m以上離れて5秒以上経過する                      

 ちなみにこの能力で梱包されている間は、リャンガ細胞の濃度がオレ様と同じになるっチョ。 

 触殺時間は数えたことねーけど、触れた人の身体に異変が起き始めるのがオレ様の場合は約3時間ってとこだ。

 つまり今のお前のその状態なら、ちょっとやちょっと人に触れたところで何も問題ねえって訳だ。

 

 まぁざっと話したが、今の状況を説明する分にはこれくらいで十分だろ」


 「…………すごいんだなお前」

 《トゥーチョへ対するリンロの信用度が30%UPした》


 「チョチョワッ! だろっ!?

 どうだ、これでお前もオレ様を100%信用する気になったかよ?」


 「それに空も飛べるんだろ?」


 「は?」

 

 それはトゥーチョが触れられたくないコンプレックスだった…………。


 「ここまで走らせちまって申し訳ないんだが……俺、高所恐怖症じゃないから別に飛んでもらっても構わないぞ。

 その方が普通に速いと思うし、トゥーチョも走るより疲れないだろ? 変な気を使わせちまってごめん」


 「…………チョ……チョチョワ(笑い声)


 オ……オオ……オマエはっ、ロコイサ王国に閉じこもりすぎて今の最先端さいせんたんの常識を何も知らねえみたいだなっ! いいか? 常識がいつまでも同じだだっと思うんじゃじゃいぞっ! 今の世の中はなっ、何においても空を飛んでくより走った方が速えーって決まってんだッチョよっ!! 


 だからなっ、空は飛べるが遅くなっちまうからこの羽はあえて使ってないんだっチョ! あ・え・て・なっ!!」


 「え……そうなのか」


 (でもたしかこの前カウリ、いきなり飛んでた飛行船ひこうせん競走きょうそうし出して普通に負けてたような………。いや、でもまだ本気を出してなかった気もするな……)


 普通なら考えるまでもなくそれが嘘だと分かるだろう。


 だがリンロは違った。

 長い月日を通し彼がリャンガである自身の高い身体能力に慣れていたのと、唯一接していた人間が身体能力バケモノのカウリであったということが相まって彼の感覚は少しバグってしまっていた。

 実際リンロはトゥーチョのデマかせを信じかけていた……。


 すると突如そこへ、一隻いっせきの飛行船がまるで真実を知らせに来たかのように二人の背後上空からやってきた。


 飛行船の速度は明らかにトゥーチョが走るよりも速い。

 トゥーチョはいち早くそれに気付くと絶望的な表情を浮かべ言った。

 

 「うチョっ!! 急に目眩めまいがっ!!」


 見事なまでにわざとらしい演技で右直角へ方向転換ほうこうてんかんをし、リンロを壁へと激突げきとつさせる。


 「痛っ! 急に何すんだよっ! うぷっ」


 「チョワあああっーーーっ!! チョワいいいっーーーっ!! チョワわわわわっーーーっ!!」


 トゥーチョはダンボールのリンロの顔がある面を壁に押しつけ飛行船がリンロの視界に入らないようにし、更に大声を出し飛行船過ぎ去るまで音をかき消し続けた。


 リンロは心底思しんそこおもった。

 

 (ああ……コイツやっぱりヤバいやつだった……関わっちゃいけないヤツだったんだ)

 《トゥーチョへ対するリンロの信用度が0%になった》


 そうは思っていても現状俺は身動きをとることはできず、トゥーチョに命をにぎられている状況にあった。

 そんな絶望的状況の中で今自分にできることを考えてみたが、やはり交渉こうしょうくらいしか思いつかない。

 

(トゥーチョはヤバいやつだったが、幸いコイツのおかげで慎重しんちょうにいけば一人でもなんとかなる気がしている自分がいる。

 ここでなんとか元の姿に戻してもらって、急いでカウリ達の元へ向かわねえと) 


 リンロがトゥーチョに話しかける。

 

 「あの、一旦面いったんめんと向かって話してもらってもいいか?」


 「………チョ……チョウ…………」


 さすがに今の行動はわざとらしすぎたかと飛べないことがバレていないか不安だったトゥーチョは、案外気にしている様子もなく話しかけてきたリンロに気が抜けたような返事を返した。


 トゥーチョがリンロをクルクルと回し、自身の方へ向き合わせる。


 (こっから先は気が抜けない。一瞬でもトゥーチョの機嫌きげんがいせば終わりだ)

 

 上の空でそう意気込み交渉に望もうとしたリンロだったが、トゥーチョを見た途端に固とたんかたまった。

  

 なんでか分からないが目の前にいるトゥーチョはまるでルーレットが回ってるかのように感情読み取り不能な状態になっており、話が通じるようではなかった。


 (え? 何だ? どうしたんだ? なんか怒ってねーか? いや泣いてんのか? なんで笑った? どういう表情だよそれ……)


 本人に実感はなかったようだが、この時リンロは不審者ふしんしゃを見るようなえげつのない目つきでトゥーチョのことを見ていたのだった。

 完全に死んでいるその目からは、禍々まがまがしいほどの軽蔑けいべつのオーラがあふれ出していた。


 べチャッ!! ドブドブドブドブ…………………。 


 そのリンロの一瞥いちべつにより、今まで自身が積み上げてきたものを泥沼どろぬまに沈められたような気分にされたトゥーチョの顔は青ざめていた。


 目の前にいるリンロが泥の悪魔にしか見えなくなったトゥーチョが、リンロをポカポカと叩き始める。


 もはやリンロに交渉の余地よちはない。


 ポカポカポカポカッ


 「痛っ……ちょっなんで……叩くなっ……おいっ…やめっ」

 (ああ……終わった)


 「もぉーオマエは、目ぇ閉じて黙ってろバカぁ~~~っ!!」



 こうして【元瞬急便もとしゅんきゅうびん信頼度しんらいどナンバー1エリート配達員はいたついん】トゥーチョの汚名返上おめいへんじょう配達はいたつが始まるのでした………チャンチャンっ。


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