第30話 たいいくかん

「ほら、取ってきたぞ! 褒めろ」


 代々木公園跡で焚き火の準備をしていると、ニコが散策から帰ってきた。満面の笑みで魔物化した蝉を差し出す。


 二十センチ以上ある蝉の腹を目の前に突き付けられると、かなりの迫力だ。アクションカメラ越しに観ている視聴者達は引いているかもしれない。


「ルーメン! 昔の人達はなんて言ってる?」


 ニコは俺が配信者ということを受け入れている。楽しんでいると言ってもいい。


「こんな感じだ」


 スマホの画面をニコに見せると、辿々しく読み上げる。


「おえええええって言ってる! あと、セミはエビみたいだって!」


 ニコは角っ子だが、日本語を読める。どうやら母親が教えたらしい。


「ルーメン! わぁを映して!」


 そう言ってネックマウントについたカメラを覗き込んだ。くりくりとした瞳が輝いている。


「大丈夫だ。映っている」


「コメント欄、なんて言ってる!?」


 コメント:ニコちゃんきゃわいいいー!!

 コメント:もう、ニコチャンネルでよくね?

 コメント:ルーメンはもはやサブコンテンツ!!

 コメント:ニコニコニコ動画よ!!

 コメント:ちょっと、ルーメンさんを虐めないで!!

 コメント:ルーメン、かわいくないし……


 ……おかしい。こんなことならニコを拾わなければよかった。サブコンテンツ扱いは酷すぎる。


「見せて!!」


「……ダメだ。卑猥な書き込みがあるから、ニコには見せられない」


「ブーッ!!」


 ニコは唇を尖らせて不満げだ。この様子も視聴者にウケているのだろうなぁ……。


 ジジジジィィ!!


 ニコが捕まえていた蝉が急に暴れ出した。驚いてパッと手を離す。


 ──ザシュ! 


 飛び立つ前にサバイバルナイフで貫くと、蝉は大人しくなった。ニコは目を丸くしている。


 とりあえず丸焼きにするか。


 用意していた串に刺し直して、蝉を焚き火の側に置く。


「蝉、食べるの?」


「当たり前だろ。ニコも食べるか?」


「むりむりむりむり! わぁはハイオークの干し肉がいい!」


 ニコはハイオークの干し肉をいたく気に入っている。そもそも俺のリュックを盗もうとしたのも、その匂いにつられてらしい。


「好き嫌いをしていたら、大きくなれないぞ」


「虫食べてまで大きくならなくていいもん!」


 腰に手を当ててニコは胸を張る。……デカいな。


「そういえば、たいいくかんはどう?」


「たまに人の出入りはあるが、静かだな」


 双眼鏡の先に見える渋谷集落は、代々木体育館跡地をぐるりとバリケードで囲ったものだ。物見櫓が幾つもあって、物々しい。大井町集落と違って、常に危険に晒されているのかもしれない。


「この蝉を食べ終わったら、集落へ行ってみようと思う」


「えっ、わぁはどうするの?」


「この辺で好きにしてろ。魔物とのハーフのお前を連れていくと、どうなるか分からん」


 俺の言葉にニコは表情を暗くした。何か嫌な記憶を思い出したのかもしれない。


 ニコは人間と魔物のハーフだ。母親は人間。父親はオーガ。しかもオーガのボスらしい。ニコ曰く。


 2022年の視聴者には大人気のニコだが、この時代の人間から魔物の血が入った存在は受け入れられないようだ。


「そんな顔をするな。ハイオークの干し肉を置いていく。好きなだけ食べていいぞ」


「本当? ルーメン大好き!!」


 やはり子供。ちょろいな。



 焚き火の近くの蝉から勢いよく煙が上がり始めた。それが不吉なものに見えたのは気のせいだろうか。



#



 代々木体育館跡に近づくと、その威容に足が重くなった。俺がいた時代には出来たばかりだったそれは、年月とともに風格を増したらしい。


 複数の物見櫓から厳しい視線が刺さる。予定にない客に警戒しているようだ。


 一番高い物見櫓にいた男が手を挙げて振り回す。……何かの合図か。


 ──ヒュンッ! と風を斬る音に反応出来たのは幸いだった。それは頬を掠めて地面に突き刺さる。触ると血が滲んでいた。


 何処から放たれたのか? 木製の矢だ。


「クソッ!」


 慌てて横っ飛びになると、何本もの矢が地面に突き刺さる。数多の人影がバリケードから現れ、矢を放つと同時に姿を消した。


「なめやがって!」


 再度、地面に転がる。五月雨に放たれる矢は止まる気配がない。……この状況、不味いぞ。人間は味方だと思い込んでいたのが間違いだった。カブトムシのバフを効かせていれば……。


「……なんだ?」


 立ち上がった途端、視界が揺れ出した。


「……お、おか」


 舌が動かない? いや、首から上が駄目だ。違和感は全身に広がる。


「……」


 自分の身体が地面に倒れる音がした。しかし、何も感じない。……ちっ。矢に何か仕込まれたか……。



 しばらくすると足音が聞こえ始めた。これは一人のものではない。五、六人はいる。人間一人に大袈裟な奴等だ。


「縛って牢屋に連れて行け」


 抑揚のない男の声がした。俺は……捕まったようだ。

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