第29話 鬼退治

 ドンッ!! と腹を殴られ、俺は公園の茂みに飛ばされた。大した力だ。ワンパンで宙を舞う経験が出来るとは。


 カブトムシのバフで身体は平気だが、直ぐに出て行くのは面白くない。茂みの中で屈んで様子を窺っていると、二体のオーガは角っ子に用があるようだ。まだ地面に横たわる角っ子を見下ろしている。


「人間ノ血ガ混ザッタ紛イ物ガ」


「……わ、わぁの父親はお前達の頭領だぞ!」


「下ラン嘘ヲツクナ」


 オーガが角っ子を蹴り上げた。コロコロと面白いように転がる。


「冗談ヲ言エナイ体ニシテヤロウ」


 もう一体のオーガが、角っ子の顔を踏みつけるように足を置いた。そろそろか──。


「おい、糞鬼!」


 二体のオーガがゆっくりとこちらを向く。俺は一気に間合いを詰めた。


「油断んんん! 大敵いいい!!」


 体重の乗ったハンマーを横薙ぎにすると、一体には躱されたがもう一体の──。


 ドシャッ!! と脇腹にめり込んだ。呼吸が出来なくなったのか、オーガはひゅうひゅうと口から息を漏らす。


「死んどけッ!!」


 身体を回転させながらハンマーを引き抜き、くるりと反対側から顔をブン殴ると、オーガは冗談の言えない体になった。


 地面に膝をつき、そのまま前のめりに倒れる。


「貴様ァァ!」


 オーガの巨体が俺に迫り、鋭い貫手が放たれる。当たれば簡単に身体を抉られるだろう。当たればな……。


「クソッ! 何故ダ!」


 ハリガネムシのバフで自らを操ると、限界を超えることが出来る。動体視力さえも。


 空気を裂く音が聞こえる。それは俺の身体に届くことはない。虚しくすり抜ける。


 ゲハッ。


 ハンマーヘッドがオーガの腹に突き刺さった。巨体がくの字になり、頭が降りてくる。


「もう一丁!!」


 溜めた膝を一気に解放し、天に向かってハンマーを払う。オーガの顎が鈍い音を立て、嫌な感触が手に伝わってきた。そして重量に引かれるように、仰向けに倒れた。


 ──どうだ?


 コメント:ウオオオオオオー!!

 コメント:勝ったああああー!!

 コメント:ルーメン、強えええー!!

 コメント:はいはい。強い強い。それより角っ子だろ

 コメント:角っ子、はよ!!

 コメント:ルーメン、角っ子大丈夫!?


 コメント欄、角っ子好きすぎだろ! 全員、俺の勝利を讃えろよ! まったく!!


 視線を感じて振り向くと、地面にペタンと座る角っ子の姿がある。近くまで行ってしゃがむと、目を丸くしてこちらを見上げた。赤い髪の間から小さな角が二つ見える。


「よう。盗人。大丈夫──」


「お前、強いな! 気に入った! わぁと結婚しよう!!」


 ……結婚しよう? 聞き間違いか?


「なんと言った?」


「わぁは、結婚しようと言った! 子供は三人でいいか?」


 ちょっと冷静になろう。こういう時はコメント欄を見るに限る。


 コメント:角っ子きゃわわわわいいいー!!

 コメント:目がくりくりしてるるる!!

 コメント:角っ子、胸デカくね?

 コメント:ロリ巨乳きたあああああー!!

 コメント:これ、恋愛イベント発生だろ

 コメント:ルーメン! 許さんぞー!!


 ……全く落ち着かない。逆効果だった。しかし、同時接続数はうなぎ登り。角っ子、数字を持っているようだ。ここで切るには惜しい人材だ。


「結婚の話は一旦置いておこう。角っ子、お前の名前は?」


「わぁの名前はニコだ! お前は?」


「ルーメンだ。ところで、親は何処にいる?」


「お母さんは死んだ! お父さんは──」


 ニコは渋谷方面に向き直り、空を指差す。その先には駅前の高層タワーが微かに見える。


「あそこのてっぺんに居るってお母さんが言ってた!」


「……そうか」


「結婚の挨拶に行くんだな! 分かった!」


 ニコは元気よく立ち上がり、俺の腕にぶら下がるように絡み付く。


「邪魔だ」


「ひゃ! もー、照れとるのか?」


 ニコを振り解き、リュックを拾い上げる。さて、どうしたものか……。


「ニコ、あのタワーの近くに人間はいるのか?」


「ちょっと離れた所におるぞ! たいいくかんってところに閉じこもってる」


 代々木体育館だな。とりあえず行ってみるか。


「案内を頼めるか?」


「もちろん、いいぞ!」


 ニコは嬉しそうに俺の手を取り、ぶんぶん振りながら歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る