第17話 この地球

「飯でも食いながら話そうか」


 そう言って一条院は大井競馬場のかつての正門? に向かって歩き始めた。最初は助けた親子の父親の方もついてこようとしていたが、流石に治療が優先だ。娘に止められて、医務室へ連れて行かれた。


「ここにはどれぐらいの人が暮らしているんだ?」


 建物に入り、階段を一つ登る。どうやらお目当ての場所は二階にあるらしい。


「そうだな。出入りはあるものの、約千人だ」


 ほお。そんなにいるのか。


「多いな」


「そうか? ルーメンが何処から来たかは知らんが、東京の集落はどこもこんなものだぞ?」


 東京の集落……。違和感のある響きだが、この時代では当たり前の表現なのかもしれない。


 先を行く一条院が足を止めた。横開きのドアを開けると、長テーブルがびっちり並んでいる。


「ここが食堂だ。あまり期待するなよ」


 今は食事の時間ではないのか、俺達の他にテーブルにつく人はいない。一条院は一人カウンターに行き、調理場の男に声をかけた。男は丸皿に米と茶色のスープをよそって渡す。……カレーだな。


「どうした? ルーメン。お前もカレーをもらえ。遠慮することはないぞ」


 さっさとテーブルについた一条院が、ぼさっと突っ立っている俺に訝しげな目をむける。そりゃ、そうだな。とっととカレーを貰って食べればいい。普通はそうする。


「ちょっとコメント欄の反応を見てからだな」


「……また、コメント欄とやらか」


 一条院は呆れた様子でカレーをかきこむ。こいつ、美味そうに食いやがる……。俺は一縷の望みをかけてスマホを取り出し、コメント欄を確認すると──。


 コメント:まさか、普通にカレーを食べないよな?

 コメント:ルーメンが普通の食事!?

 コメント:配信中にそれはないぜ! ルーメン!!

 コメント:安心しろ。ルーメンはカレーなんて食べない

 コメント:断ってくれ! ルーメン!!

 コメント:ルーメンはプロだから大丈夫


 うおおおおおおー!! 俺だってたまには普通の食事をしたいんだー! だってカレーだぞ!! こんなの食べたいに決まってるだろ!?


「食わないのか?」


「お、俺はこれを食べるから大丈夫だ!」


 ベストのポケットからこんがり焼けたデカいコオロギの腹を取り出し、テーブルに置いて座った。そして、しっかりとカメラに映す。


 コメント:流石だぜ! ルーメン!!

 コメント:俺は信じてたよっ!!

 コメント:未来人の驚いた顔www

 コメント:未来人、虫食わないのか……

 コメント:未来人に呆れられるルーメンwww

 コメント:カレー美味そうなのに……


「……ルーメン、モンスターなんて食って平気なのか? マソ中毒にならないのか?」


 なんだ? マソ中毒? なんのことだ?


「大袈裟だな。見てくれは最悪だが、味は上々だぞ?」


「……大丈夫ならいいのだが」


 一条院は食欲を削がれたようで、食事のペースがゆっくりとなった。よし。駄目押しだ。俺はコオロギの腹を手頃なサイズにちぎって、口に入れる。予想通り、一条院が目を見開いた。掴みはオッケーだ。


「早速だが、俺の事情を話しておこう。俺は元々、この時代の人間ではない。2022年から来た。いわゆる、タイムスリップってやつだ」


「……なるほどな」


「信じるのか?」


「たまにいるらしいんだよ。別の時代からの旅人が。その手に持っているものとか、首につけているものはお前が来た時代の代物だろ?」


 一条院はスマホとアクションカメラを見ていう。まぁ、不自然だから気になっていたのだろう。


「そうだ。この時代にはないのか?」


「……遺物としては残っている。ただ、使い物にならないがな」


 一条院が木製のスプーンを置いて真剣な表情になった。


「どういうことだ?」


「今の地球は電気が禁じられているのさ」


 電気が禁じられている?


「発電所が乗っ取られているのか?」


「いや、そういうレベルではない。電気そのものが禁じられているんだ」


「一体、誰に?」


 自分でも興奮しているのが分かる。この地球には何が起きたんだ?


「……さあな。信心深い奴等は神に禁じられたって言っているが、本当のところは分からない。異世界と融合したタイミングでとにかく電気が使えなくなったのは事実だ。記録に残っている」


 また、厄介な話が出てきたぞ。


「異世界との融合ってどういうことだ? あのオークは、異世界と融合した影響か? デカくなった昆虫とかも」


「……2022年から来たって言ってたな。ルーメン。ならば、お前の住んでいた地球は十年後に異世界と融合する」


 一条院はしっかりとした口調で、とんでもない情報を俺に突き付けた。音声が配信出来ていないことを感謝したのはこの時が初めてだった。

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