第2話 目覚め

 痛つつつつ。


 後頭部の痛みで目を覚ました。目の前には変わらない青空がある。どうやら、俺は気を失っていたようだ。海岸で気を失うなんて危険極まりないが、何とか俺は波に飲まれずに済んだとみえる。潮が満ちて来るまで気を失っていたら、確実に死ぬところだった。


 上半身を起こしてタモ網の中を見ると、もうすっかりフナムシはいなくなっていた。それはそうだな。いつまでも俺に食われるために留まっている理由はない。


 ってそうだ! 配信はどうなった! 慌ててスマホの画面を見る。……うん? 日付がおかしいぞ。フナムシを口に入れた時からちょうど24時間経っている。いや、おかしいのはそれだけじゃない。何故かスマホに充電中のマークがついてある。もちろん、モバイルバッテリーには繋いでない。一体、何が起きてる……。


 動画配信プラットフォームのアプリを立ち上げると、俺の配信はまだ続いていた。しかし、今度はコメント欄もおかしい。


 コメント:悲しいです。昨日からずっと泣いてます

 コメント:ルーメンさん、生きてて。お願い

 コメント:何処の無人島かマジで情報ないの?

 コメント:ルーメンさん事務所入ってないからなぁ

 コメント:絶対生きてる! 諦めるな!!

 コメント:でも、波にのまれて……


 おいおい! 勝手に殺すなよ!! 俺は慌ててアクションカメラを自分の方に向け、視聴者に手を振る。


 コメント:えっ!!

 コメント:生きてたあぁぁぁぁぁー!!

 コメント:ウオオオオオオー!! 生きてたァァァ

 コメント:マジ? 幽霊じゃない?

 コメント:ルーメン、不死身かよwwww

 コメント:あれ、声聞こえないよ。ルーメンさん


 声が聞こえない? マジ? カメラのマイクが死んだかな? 慌てて配信元をスマホに切り替えるが、視聴者の反応は変わらない。どうやら映像しか配信出来ていないらしい。


 まぁ、悩んでも仕方ない。気持ちを切り替えよう。一旦拠点に戻って水を飲みたい。


 俺は痛む頭をさすりながら海岸から離れ、切立った崖の下に作った拠点を目指して歩き始めた。



 ……おかしいぞ。これは本格的におかしい。俺は元来、楽天家で細かいことは気にしないタイプだ。しかし、どう考えてもおかしい。


 まず、拠点がない。行けども行けども見えて来ない。そもそも崖がないし、地形も全然違う。共通点は海があることだけで、ここが島かどうかすら怪しい……。


 ──サササササササッ。


 俺の目の前を生物が通り過ぎた。それは見覚えのあるフォルムで、海辺にはよくいる節足動物、フナムシに見えた。しかし、サイズが違う。このフナムシ、二十センチ以上あるぞ……。それに、何やら目が赤く、ギラギラしている。ちょっと怖いな。カメラにその姿を映すと視聴者がざわつく。


 コメント:……何このフナムシ。

 コメント:デカくね?

 コメント:これ、本当にフナムシ? やばくね?

 コメント:こんなフナムシあり得ないだろ!

 コメント:えっ、ルーメンさん、原始時代にいるの? 未来?

 コメント:えっ、これ食べるの?


 食わねーよ! しかし、一体全体、どういうことだ。俺の目がおかしいわけではない。視聴者が見てもこのフナムシはおかしいのだ。こんな生き物が地球上にいるわけがない。少なくとも現代の地球には。俺は、時空を超えてしまったのか?


「しかし、やばいな。水分を摂らないと」


 照りつける陽射しがどんどん体力を奪う。もう拠点がないことは確定した。ここが何処かなのかを調べるよりも先に、早いところ飲み水を確保しないとまずい。空腹もそうだが、まず、何より水だ。どこかに河はないのか……。


 スマホを見ると視聴者が心配している。俺は棒切れを拾って地面に「水さがす」とだけ書いて、一旦配信を切った。

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