第14話 セハルと戦神

 レンリは帆布製の肩掛け鞄から、小型の無線機を取り出す。真四角で厚みのある旧型だが、新型を使うよりも電波の通りが良いらしい。


 無事に無線が繋がり、ルタの案内で近くの村にトラックを停車して待っていると、泥はねの跡がびっしりと付いた苔色のトラックがやって来た。乗っていたのはパーパの元軍人で、シャオウという名の人物だ。筋骨隆々で、ミロクより頭一つ分背が高い。毒を気にせずに食事ができた頃は、誰よりも飯を食い、誰よりも酒を飲んだ。気さくな人柄で、ミロクとも面識がある。


 トラックから降りたシャオウは、セハルの姿を見つけるなり黒々としたつり目を丸くした。


「なんで戦神と一緒にいるんだ?」


「こいつは戦神ではない。正しくは、『今は』戦神ではない、だが」


 レンリの言葉に、セハルが息を呑んだ。対してシャオウは、「なるほど」とうなずく。


「使えるものは、なんでも使うんだな。ヒガンはオリジナルだが、こいつは複製品だろう。こいつのモデルは、先の戦の前に死んだはずだからな」


 セハルの下げた拳が、小刻みに震える。レンリは低く笑った。


「そのヒガンが拾ってきた張本人なんだがな。それより、一つ訂正せよ。先も言うたが、こいつはもう戦神でもなんでもない。既に新しい世界に生まれ、己の人生を歩き始めた『セハル』という名の一人の人間だ」


「レンリにとっては、そうかもしれんがな」


 シャオウは、ミロクに目を向ける。浮かぶのは慈愛と心配の色だ。


「ミロクは先の戦で、こいつとやり合っただろう? 良いのか?」


「コピーがいすぎて、どのセハルとやり合ったのか分かんねえけどな」


 船上で見た夢が頭を過ぎる。ミロクは顔をしかめながら、乱暴に後頭部を掻いた。


「まあ、こいつは過去の記憶が曖昧らしいし。感情もしっかりあるし。車を修理してくれる奴に出てかれると整備士連中がうるせーし。趣味くらい持てってカメラ寄こす奴だからな」


「なんだそりゃ?」


「この世の全てを遠巻きに見てる感じがするから趣味くらい持てってさ」


 おもしろくない、とばかりに肩をすくめる。シャオウは吹き出すと、大声で笑いだした。


「そいつは間違いねーわ」


「間違いねーかはともかく、カメラ寄こすような戦神はいねえ」


「確かにな。奴等からは感情ってもんが読めねえ」


 シャオウはひとしきり笑った後、眉間にしわを寄せた。


「昔も厄介な相手ではあったが、統率が取れていた。司令塔からの指示は絶対だが、藪から棒に攻撃を仕掛けるわけでもなかった。今は、暴走してると言って良い」


「暴走?」


「世界入滅の日以来、世界中に毒が蔓延してるのは知ってるだろ? 実は、電波にも影響が出始めてるらしい」


 電波への悪影響は、研究所に近しい者なら周知の事実だ。ミロクとルタは同時にうなずいたが、レンリは眉一つ動かさずシャオウをじっと見つめている。


「レンリなら分かるだろう? 浄化が始まってるナカツクニならともかく、島外じゃ通信機器がまるで役に立たなくなる日が来る。当然、指令も届かない」


「今のうちに戦神を止めねばならんな」


 レンリの言葉に、シャオウがうなずく。


「現在のパーパとドゥルガーの争いも、戦神の暴走が主な原因のようだ。今はパーパが持ちこたえているが、武器も人も使い物にならなくなれば潰れちまう。パーパ以上の武力を持った国が、他に無いからな。やがて世界は、戦神しかいなくなるかもしれん」


「好戦的だという王の弟が、戦神を動かしているのだろう? 戦神が完全に制御不能となれば、いずれドゥルガーにも牙を向けると理解しておらんのか?」


「中身は十三歳の少年なんで」


 シャオウは、いかつい肩をすくめた。


「周りの戦争支持派連中も、目先の欲に駆られてる」


「武器は、高価格で取り引きされるからな」


「こんな世界じゃ稼いでも意味ないって思わないんすかね?」


 首を傾げるフェイファに、レンリは苦笑する。


「言ったであろう? 目先の欲だとな」


「だが、俺達がここに来たのは良い機会だ。完全に暴走する前に潰そう」


 村の有様を見てきたからか、ルタの目がギラギラと光っている。対して、フェイファは首を傾げた。


「潰すのは良いっすけど、どうやって?」


「それは……」


「戦神だって動力源が必要だ。島外の生き物の食事、島の人達のリキッドと同じだ」


「セハル、おまえ」


 答えにきゅうするルタに変わって答えたセハルに、ミロクは目を丸くする。ミロクが次の言葉を探している間に、レンリが口を開いた。


「動力源の場所は分かるか?」


「おぼろげにしか」


「おおよその場所なら見当がついてるぞ。こいつの記憶と照らし合わせれば見つけ出せるかもしれん」


 シャオウの言葉に、レンリがうなずく。


「よし。お前達は動力源を探せ。私は、ルタと国王に会ってくる」


「俺も?」


 すっかり動力源を探す気になっていたのだろう。驚くルタを、レンリがジト目で見やる。


「おまえも研究者の一員だろう。それに、シャオウもセハルも動力源を探しに行く。とすれば、他に誰が私の護衛を務められるというのだ」


 ミロクとフェイファを順に見たルタは、苦笑いを浮かべた。


「……俺かな」


「分かれば、よろしい。ミロクは、セハルと共に行け。帰りは、シャオウと別行動になるだろうからな。そっちが終わったら、政庁まで迎えに来い」


「あ、俺も付いてって良いっすか? 建物の構造を見てみたいっす」


 ミロクの横で、フェイファが元気よく挙手をする。風車の修理を手掛ける彼は、それ以外の建物を見るのも好きらしい。普段から、「勉強のためっす」と言っては人の家に上がり込んでいるようだ。ミロクの家に来た時も、屋根裏から軒下まで隅々まで見学していた。


 フェイファの希望を聞いたレンリは、シャオウに向かって小首を傾げる。


「だそうだが。守りきれるか?」


「相手にもよるけどな。まあ、努力はしてみるが」


 大袈裟なほど大きなため息をシャオウが吐いた。レンリはそれを綺麗に無視すると、真っ直ぐにセハルの目を見た。


「やれるな?」


 セハルは何も言わず、力強くうなずいた。

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