第2話 父の残したすべて

そこにいたものの正体。

それは、人ではなかった。


正確に言えば、人の形をしつつも体のあちこちが欠損しているものだった。

目はぎょろぎょろとこちらを捉え、微量なうめき声を上げている。


その姿はまるでゾンビのようだ。


その仰々しい姿に思わず走りを止めてしまう。

この世のものとは思えない現状に一瞬思考が停止してしまった。

それに、少し恐怖もある。


階段の上にいたそいつとの間に、緊張の沈黙が流れた。

母さんを救いたい一方で、目の前のあいつの対処にも戸惑っている。


落ち着け、、、


もう一度拳を握る。


信じられない現状だとしてもこれが事実だ。

事実である以上、

今やらなくては母さんが不味い。


そう思い直し、あいつに対して向き直る。

そうして、再びあいつに向かって走り出した瞬間。


あいつの物凄い叫び声が響いた。


『ぎゃああああああああああっ!!!』


思わず身震いをする。

思わずまた足を止めてしまった。

そうして向かっていく勇気を失いかけたとき、


あいつはすでに階段を下っていた。


『うおっ、、!』


反射的に階段にあった花瓶を投げつける。

そいつは花瓶を顔に喰らい、痛そうな悲鳴を上げる。


そうやって歩みが止まっているうちに、一旦一階に降りた。

あいつが気を取り直し、怒りをあらわにして続けて降り立つ。

そこで長めの棒を使って不意打ちをした。


『おらあああっ!!』


後頭部のいいところに入る。

続けて倒れ込んだそいつを滅多打ちにする。

動かなくなるまで打ち込んだ。

何度も何度も。


やがてハッとした。


『、、そうだ、母さん!』


階段のそばで倒れ込んだそいつに向かって棒を放り投げ、階段を駆け上がった。

やはり倒れていたのは母さんだった。

意識はなく、出血がひどい。

ただ、幸いにもまだ息があった。

急いで救急車を呼ぶため、携帯を取り出した。


その時、


後ろから音がした。


気づいたときにはさっき動かなくなったはずのあいつがすぐ後ろにいた。


『ぎゃあああああっ!!!!』


襲いかかるそいつを蹴り飛ばす。

とにかく母さんから離そうと、階段の下へ向かって蹴り飛ばした。

また登ってこようとするので、一階へもう一度降りて対処しよう。

そう思い動いたとき、足が滑ってしまった。


階段側へ体が倒れる。


上がってきていたあいつと一緒に下まで滑り落ちる。

転がり終わって気付いたときには階段正面の壁側へ追い詰められる形となった。


『不味い、、!』


初めてこのとき、本気で死ぬと思った。

もう攻撃に使えそうなものはない。

あいつは立ち直り、ジリジリ距離を詰めてくる。


状況は最悪だった。


不安と恐怖、焦りに怒り、様々な感情が胸を締めるのが分かる。

もはや泣きそうになっていた。


『ちょ、、まじで頼むよ、、、、』


そんなことを口ずさむ。


それでも距離は近くなる。


もはや感情がパンクしそうになっていたとき、

自分の感情が何かを乗り越え冷静になってきたのに気付く。


なぜかやけに落ち着いてきた。


どうしたのだろう。


目の前のあいつに対する恐怖が薄れてきた。


もう死ぬことなど考えていなかった。


そういう一連の流れが起こった時、

なにかおかしな事が起きた。


脳の中で、思考の中で、目の前の奴を倒すやり方が分かるようになってきた。

やつを倒す自分の動きが、どう動けばいいか、が見えた。


もはや意識の範囲外で体が動く。

自分でも何をやっているか分からない。

でも、目の前のあいつを何とかしようとしているのは分かった。


意識せずに体が動くのは怖いが、

流れに身を任せる。


そのまま自分の体からバチバチと電気の音がしたと思ったら、

体中に電気が走っていた。


何故か、恐怖はなかった。


そのまま体は構えの体制を取り、

本能のような感覚で体が動き出す。


俺はそのまま電気を込めたアッパーを食らわせ、何度も殴った。


自分でも信じられなかった。


威力は絶大で、10発ぐらいで粉々になってしまった。

そのままそいつは今度こそ絶命して倒れ込む。

こうやって人を滅多打ちにすることすらさっきが初めてなのに、

やけに冷静な自分がいた。


その後しばらくして、さっきまでの感覚がフェードアウトした。

力が抜ける。


『助かった、、、』


緊張が解け、体中が怠くなる。

、、、今のは何だったんだ。

助かったのはいいものの、理解が追いつかない。

まるでプロみたいな動きで、相手はなす術もなくやられた。

まるで俺じゃないかのように体が動いた。

生きてて初めての感覚だった。


喧嘩ならまだしも、格闘技の経験すらないというのに、

その体は習ったことを反復するように動いたのだ。

電気が体に走ったのも理解し難い。

痛くもなかったし、力がすっと湧き上がる感覚だった。

端的に言って恐怖である。


体もわからないのならば、もはや何も信用できない。

イレギュラーの連発で頭が痛いのだが。

なぜこんな事になってしまったのだろう。


しばらくそんな事を考えながら呆然としていると、またハッとする。


いや、それは今じゃない。


とにかく母さんを助けなくては。


そう思い立ってすぐ、立ち上がり階段を登ろうとすると



『ハル、、!』



割れた窓の外から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


その声の主は


聡太だった。


『聡太!』


安心で思わず笑みがこぼれた。


だが、

聡太は笑い返さなかった。

それどころか俺を睨んでいる。

空気が淀んだ。


『、、そうだ聡太、俺の母さんが、、、』


食い気味に叫ばれる。


『ハル、、、何故その力が使える!』

『、、、え?』


聡太の体が、電気のようなものを帯び始める。

殺意に満ち溢れた目でこちらを睨む。


『騙していたのか、、、?お前と俺たちの17年は嘘なのか?!』

訳がわからない。

『ど、、どういうことだよ!』

『答えろ!!!』


聡太はこちらに向かい構える。


『答えないのなら』


聡太の顔が苦悶に満ち溢れた。


『お前を、始末する、、、!』

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